みょうぎじんじゃ
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『上野国神名帳』にて「波己曽大明神」の名前で記載のある国史見在社です。上毛三山(榛名山・赤城山・妙義山)の妙義山の東側麓に立ち、妙義信仰の中心となっている神社です。江戸時代には火伏せ・雷避けの霊験で篤く信仰されていました。
社名の「妙義」は後醍醐天皇さまに仕えていた権大納言長親卿がこの地に住み、山の奇勝をご覧になって「明魂」と名付けたものが訛って「妙義」になったと言われています。
《一の鳥居と社号碑》
参拝時が日曜日だったためか目の前の道の駅は渋滞していました。
《表参道》
この時期ですから紅葉狩りが目的でしょうか。
《総門》
明治に入り神仏分離によって廃寺になった白雲山石塔寺にあった仁王門が移築されています。この石塔寺はかつて妙義神社の別当寺でした。
《表参道①》
奥には銅鳥居、手前には参拝当時友人とは柳だなぁって言いながら歩いてましたが、多分これしだれ桜ですね。
《波古曽社》
境内社として旧拝殿を移築して遺しています。
《弁天社》
横にある「折鶴」という立て札は、ここに自生している杜若につけられた名前です。
《手水舎》
水は流れています。
《表参道②》
少し急めな階段が続きます。友人たちは絶望していましたが、山を歩きたいという希望でこちらに連れてきたので無理矢理登らせました(笑)
《唐門》
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
拝殿は荘厳な金色の装飾と全体的に黒い色遣いをしており、どことなく日向東照宮を彷彿とさせます。当社の鎮座地は関東平野において北西にあり、江戸からは乾の守護神として歴代将軍が信仰していました。群馬と栃木の信仰の深かった神社はどうも日光東照宮の影響を受ける傾向にありますが、当社はちゃんと本家同様に徳川家の信仰を集めていた証として遺されていますね。
《末社群》
《石の下の末社》
《水神社》
この辺はもう紅葉してましたね。
《登山口入り口》
まだこの装備では行けない…というか普通にかなりキツそう!
《社務所》
《妙義山》
大きな大の字。明らかにあそこまで行けなさそうなのにけっこう到達した写真があるんですよね…来年行けるかな。
妙義神社参拝⛩️ 群馬県巡り⑧
最後は妙義神社へ、榛名神社の駐車場で15時半。妙義神社の参拝は17時までなので間に合うか💦妙義神社前の道の駅にも行きたく頑張って向かい16時15分に到着😅
無事お酒と饅頭と栗をゲット^_^
あ 目的は妙義神社のお参りです😆
奇岩怪石の山⛰️の山麓にある神社で、杉の巨樹が多く山の神社、山の神さまという雰囲気が好きな神社です。
本殿は改修工事中で見れませんでした😅
ありがとうございました🙏
妙義神社は、奇岩と怪石で名高い妙義山の主峰白雲山の東山麓にあり、老杉の生いしげる景勝の地を占めている。
創建は「宣化天皇の二年(537)に鎮祭せり」と社記にあり、元は波己曽(はこそ)の大神と称後に妙義と改められた。
御祭神 : 日本武尊、豊受大神、菅原道真公、権大納言長親卿
鳥居からの坂道が地味に疲れます😅
総門
銅鳥居
御神木 三本の杉の中央がパワースポットと言われてます。
中央から上を見上げてみました^_^
波己曽社
手水舎
長い石段
時間ないので一段飛ばしでダッシュ💦
随神門
随神門からの景色
いい景色です♪
唐門
唐門天井画
拝殿
妙義神社の建造物には、多くのすばらしい彫刻が各所にみられる。
特に本殿の板壁部、欄間、暮股内、小天井、柱頭。拝殿では向拝部とのつなぎの海老虹梁に手のこんだ龍が見られるほか欄間、暮股内、脇障子。
唐門では松に鳳風、松に雉の透彫、菊花葉の籠彫などがあり、ここにあげた拝殿の龍には上り龍と下り龍が対をなしている。
また、鶴の彫刻、鷹ととんび、脇障子の竹林に七賢人、向拝の柱の根巻金具の彫刻等、何れも拝殿のもので、繊細或いは雄渾な技術は日光東照宮の彫刻師がここに来て彫りあげたと伝えられるようにその優美さをほこっている。
境内には南部風鈴が沢山あってチリンチリンといい音色を奏でてます。
書き入れしていただきました🙏
ファイルもいただきました^_^
おまけ 参道売店の猫たち
また来るよ
歴史
妙義神社は、奇岩と怪石で名高い妙義山の主峰白雲山の東山麓にあり、老杉の生いしげる景勝の地を占めている。
創建は「宣化天皇の二年(537)に鎮祭せり」と社記にあり、元は波己曽(はこそ)の大神と称し後に妙義と改められた。
そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて明々魂々たる山の奇勝をめで、明魂と名づけしものを後世妙義と改めたと思われる。
古くより朝野の崇敬殊に篤く、開運、商売繁昌の神、火防の神、学業児童の神、縁結の神、農耕桑蚕の神として広く世に知られ、関東、甲信越地区より参拝する者が多い。
江戸時代は歴代将軍を始め、加賀の前田侯外諸大名の崇敬篤く、上野東叡山の宮、御代々御兼帯御親祭の神社となり其の御宿坊を宮様御殿又は単に御殿とも称した。
この御殿よりの、東面の景色は素晴らしく、前庭の植込は何れも低く地をはうようにつくられ、関東平野を一望に集め借景庭園として見事なものである。
本殿拝殿をはじめとする境内の諸建造物は、江戸時代初期から中期にかけての建造物で、江戸時代建築の趣をもった壮麗なもので、老杉の巨木うっそうたる神域に、輪奥の美を連ね、高さ十メートルの旧御殿下の石垣をはじめとする各所の石垣は其の技工の巧なること比い無く、諸建造物青銅の大鳥居等と共に、文化財に指定されている。
現在妙義神社にて所蔵している宝物は、国指定重要文化財の絵巻物を始めとして絵画、彫刻、筆跡、金工芸、石器、化石等の外、舶来の珍品逸品に至るまで多数あり、常時展示観覧に供されている。
尚妙義全山が国指定の名勝並に国定公園で新緑、紅葉の季節の美観は格別である。従って妙義は信仰の山であり、私共の祖先の遺してくれた文化財の宝庫であり、又観光の山でもあり登拝者も年々増加の一途をたどりつゝある。[当神社HP歴史より]
名称 | 妙義神社 |
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読み方 | みょうぎじんじゃ |
参拝にかかる時間 | 約20分 |
参拝料 | なし |
トイレ | あり |
御朱印 | あり 真ん中に妙義神社の印、右上に上野國妙義山の印が押されています。
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限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 0274-73-2119 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://myougi.or.jp/ |
お守り | あり |
絵馬 | あり |
詳細情報
ご祭神 | 日本武尊 豊受大神 菅原道真公 権大納言長親卿 |
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ご神体 | 妙義山 |
創建時代 | 宣化天皇二年(537) |
創始者 | 不詳 |
本殿 | 権現造 |
文化財 | 〇国指定重要文化財
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ご由緒 | 妙義神社は、奇岩と怪石で名高い妙義山の主峰白雲山の東山麓にあり、老杉の生いしげる景勝の地を占めている。
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体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三食事・カフェ御朱印お守り重要文化財祭り武将・サムライ |
Wikipediaからの引用
概要 | 妙義神社(みょうぎじんじゃ)は、群馬県富岡市にある神社である。旧社格は県社。 |
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歴史 | 歴史[編集] 創建は、宣化天皇2年(537年)と伝わる。 神仏習合時代、妙義神社には別当(神社を管理する寺)として上野寛永寺の末寺である白雲山高顕院石塔寺があった。現在の妙義神社の総門は、明治の初めに廃寺となった石塔寺の仁王門である。神社の総門となった現在も、左右に仁王像が祀られている[1]。 現在の社殿は、宝暦年間(1751年 - 1764年)の大改修によるものである。古くは波己曽(はこそ)神社といい、『日本三代実録』に記載がある。 ^ “妙義神社総門(旧白雲山石塔寺仁王門)”. ニッポン旅マガジン. 2020年8月2日閲覧。 |
引用元情報 | 「妙義神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A6%99%E7%BE%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=102376473 |
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