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かんのんどう|真言宗

観音堂(弘永寺跡)
群馬県 篠塚駅

観音堂(弘永寺跡)について

鎌倉時代の板碑が残る
小さな観音堂だが歴史は古い

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観音堂(弘永寺跡)の基本情報

名称観音堂(弘永寺跡)
読み方かんのんどう
通称後天神原観音堂

詳細情報

ご本尊《本尊》観世音菩薩
《脇侍》不明
《諸尊》青面金剛・二十三夜様・出羽三山
《弘安板碑》阿弥陀如来
宗旨・宗派真言宗
創建時代弘安六年(1283年)
開山・開基弘順
ご由緒

当所には光恩寺の僧 弘順が創建した弘永寺があったが、明治初期に廃寺となり観音堂のみが残る。
平成二十八年(2016年)に修築されている。
――――――――――
【弘安板碑】
板碑は、青石塔婆、板石などといわれ、石製塔婆の一つで、関東地方の板碑の多くは緑泥片岩である。
こうした板碑は、鎌倉から室町にかけて死者の菩提や領主の逆修のために建立されたものという。
この板碑は、石質緑泥片岩が用いられ、高さ約72センチ、幅は26センチ、厚さ約3センチほどの供養塔婆で、連座の上に種字の阿弥陀が刻まれている。
鎌倉時代の建立で、弘安六年(1283年)の紀年銘がある。
千代田町にある板碑の中では古く、この地方の歴史や民俗を知るうえで貴重なものである。

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