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じんたいじ|時宗常栄山

深諦寺
群馬県 多々良駅

深諦寺について

50年に一度開帳されるという日限地蔵尊
すぐ南にある常楽寺の「やきもち地蔵」が恋をし、夜な夜な通ったという「女地蔵」
この故事から恋愛成就にも霊験あらたかという
またこの地蔵は、遠く会津の武将 蘆名盛氏が夢のお告げで城中の池から出現した三体の一体で、もう一体は会津の地蔵堂に、もう一体は東京白金の寺に祀られてる

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深諦寺の基本情報

名称深諦寺
読み方じんたいじ

詳細情報

ご本尊《本尊》日限地蔵尊
《堂宇》如意輪観音二体
《諸尊》観世音菩薩(普門品供養塔)・地蔵菩薩数体
山号常栄山
院号松寿院
宗旨・宗派時宗
創建時代宝暦11年(1761年) 前身の満寿寺・道成寺は少なくとも戦国時代以前
開山・開基満喜和尚 (前身の道成寺開山者は不明)
ご由緒

時宗 常宋山 松寿院 深諦寺は、元は一向宗で道成坊 道成寺と称した。
道成十代越塚鑑相、満喜和尚の時、遊行寺有三上人に帰依し「時宗満寿寺」となり、関東の十刹と称せられた。徳川家治将軍に満寿姫が誕生し、深諦寺と変わった。
天文二十二年(1553年)満喜和尚は有三上人を案内して寺を妻と弟に頼み会津に行っている。
会津のお殿様 蘆名修理大夫盛氏公に夢のお告げがあり、城中丑沼泥中より三体の地蔵菩薩が出限した。この尊像をお城の守り本尊とし、盛氏公開基、満喜和尚を開山とし、赤井豪族の根拠地赤井村に西光寺を建立した。満喜和尚は永禄九年(1566年)十月二十三日にその地で入寂した。
わけあって東京白金の朝辰和尚がこの三体の地蔵尊を会津から持参した処、余りの御利益に驚き、一体は会津に、一体は満喜和尚を待ちわびていた木戸に戻された戻された。
深諦寺の日限地蔵尊はどんな疫病にも、恋の願い事でも日を限ってお願いするとかならず叶うと云う。
――――――――――
【木戸のささら】
「雨乞いささら」とも言われ、暑さが厳しくなる 7 月下旬に行われる。木戸町 深諦寺を出発し、地区内各地を巡行する。社寺や村境では厄払いとして獅子舞を奉納する。
3 頭 1 人立の獅子と、柳生流の棒術、花(万灯)で構成される。
天正年間(1573~1592)の大洪水で邑楽郡中野村(雷電神社)から獅子頭が深諦寺裏に漂着し、住職が村民に踊りを教えたのが起源とされる。

ご利益
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