おびきいなりじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方尾曳稲荷神社のお参りの記録一覧
絞り込み

館林のこいのぼりの里まつりのメイン会場である鶴生田川では、川の両岸を埋め尽くすように、大小約3,000匹ものこいのぼりが春風を受けて一斉に空を泳いでいました。その圧倒的で色彩豊かな光景を楽しんだ後、喧騒を離れるようにして辿り着いたのが、館林城の守護神として知られる尾曳稲荷神社です。
祭り会場の熱気とは対照的に、境内は参拝する人もまばらで、驚くほど静かな時間が流れていました。館林城の別名「尾曳城」の由来となった白狐の伝説に思いを馳せながら、木々に囲まれた静謐な空間で、穏やかに手を合わせることができました。
拝受した御朱印には、中央に「尾曳稲荷神社」と非常に端正で伸びやかな筆致で記されています。右側には「上野国 舘林 尾曳城趾」、左側には「稲荷郭 鎮座」の文字が添えられ、かつてこの地が城郭の一部として大切に守られてきた歴史を感じさせます。中央に押された円形の重厚な宝印が、静かな境内で感じた格式高さをそのまま映し出しているかのような、美しい一葉となりました。

館山市尾曳町にあるお稲荷様。
館林城の元となった尾曳城の稲荷郭に祀られていた神社です。大袋城主であった赤井照光は子供達に捕まっていた子狐を助けその親であった老狐がその御礼として新たな要害堅固な城の城郭の縄張りをフサフサの尻尾を引いて先導し照光は言われた通りにその場所に城を建てたという伝説があります。狐が尾を曳いたので尾曳城と名付けられ以後館林城の名前が変わった今でも尾曳町という地名とこの尾曳稲荷が当時の名前を残しています。
境内には花の尾曳弁財天も祀られていて社務所で尾曳稲荷と花の弁財天の書き置き御朱印をそれぞれ頂けます。
尾曳稲荷の橋を渡ったすぐ先にはよりもいの聖地つつじが岡公園があります。







東毛神社巡り③尾曳城(後の館林城)の鬼門にあたる稲荷郭に守護神として創始されました。助けた狐が尾を曳いて城郭の縄張りを先導し、その地に城を築いたとされる。その尾の初めには初引稲荷神社、小野引き終わりの地には夜明稲荷神社が今も鎮座しています。帰宅して調べてから知ったことなので、今回は訪れませんでした。当時、尾曳神社の周りは堀で囲まれておりますが、現在は道路や駐車場になっています。神社でお腹いっぱいになったため城沼やつつじ公園まで足を延ばしませんでした。あとで後悔!
館林七福神の弁財天も境内社として祀られています。今回は少し時期が違いますが、桜、つつじ、菖蒲などの花の季節に訪れるともっと良かったのかもしれません。御朱印も書置きで戴けました。コロナが終息したら又ゆっくりと訪れたい街、館林でした。その時は茂林寺も行こうかな!

安楽寺で信楽焼の狸を見て、久々に分福茶釜のお狸様に会いたくなり茂林寺のある館林へ。
で、どうせなら狐狸の変化力を両方取り込もうと尾曳稲荷にも行きましたw
ここは以前一度行きましたが、その後、稲荷神社専用御朱印帳というのを作ったのでそれに書いてもらうために再訪。
あと稲荷社自体はウチの地元にもそれこそ無数にあるのですがほとんど無住(><)
授与品授かれるような有人社は極端に少なく、貴重な稲荷御札をゲットするため。
館林の領主 赤井照光が子供に苛められてる子狐を助けたところ、親狐が現れて尻尾で館林城の縄張りをしてくれたという鶴の恩返し+浦島太郎のような話が縁起。
夜中に縄張りを始めた所に「宵稲荷神社」 夜明けに縄張りが終わった所に「夜明稲荷神社」というのもあって、本来はこの三社セットで拝むべきなんでしょうが、他の二社は無住なので今回はスルー(^^;
もう少し涼しくなってから行きますw
このおキツネ様、稲荷新左衛門という名前だそうですが、かなり強力なおキツネ様で、なんと退魔寺では妖怪に勝った石田三成を負かしてます!w
もともとおキツネ様が縄張りした城だけあって館林城は平城ながらかなりの堅城だったらしいですが、多勢に無勢で石田軍に包囲されてしまいます。
ところが三成の優れた知略を持って城を攻めようとしても、様々な怪異が起こり作戦がことごとく失敗!( ; ロ)゚ ゚
哀しいかな所詮は地方の小豪族の城で結局は開城となってしまうのですが、落城ではなくあくまで開城で、しかも古文書などの資料上でも開城に至った経緯がスッポリ抜け落ちてるらしい!?
やはり資料にはとても書けないような怪異が起こったのでわ・・・?( ;・`д・´)

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
























































