ちょうみょうじ|高野山真言宗|醫王山
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楽しみ方長明寺のお参りの記録一覧
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群馬県 太田市 新田 に境内を構える、医王山 長明寺、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました 、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております 2024.に関東八十八ヶ所霊場等で参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 医王山、寺号は 長明寺、宗旨 宗派は 高野山 真言宗、ご本尊は 大日如来、関東八十八ヵ所霊場 第六番札所、江戸時代初め足尾銅山は幕府の直営とされ、足尾で精錬した御用銅を江戸へ運ぶための道として銅山街道(あかがねかいどう)が設けられました。足尾を出て沢入・花輪・大間々・大原・平塚の五宿が置かれ、平塚川岸(現 伊勢崎市境平塚)から船で利根川を下り江戸へ運ばれました。長明寺はその街道沿いにあり、ここは中世の頃新田一族の荘園が開けその一族の金井氏の居住した館跡と云われています。今は水田と畑作の農業地帯だが、元弘の頃は新田義貞が挙兵したとされる縁の地でありました。寺伝によれば戦国時代の永禄三年(1560年)僧重圓により開創されたが、当初は長福寺と称していました。明治十三年(1880年)の災火ですべてを失ったが、幸いにも御本尊大日如来と薬師如来は難を免れました。その後昭和二十八年(1953年)、室町時代 初期の 応永の頃に 明源房空寛の開山と伝える 明源寺と合併し 長明寺に改称した。この 明源寺も明治の大火で堂宇を焼失しています
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関東88カ所霊場 第6番札所 長明寺
高野山真言宗 ご本尊大日如来
北に赤城山を望み、その南麓は広大な大間々扇状地として利根川に広がっている。その扇状地の南北を走る街道の利根川までを「銅街道」という。この沿道に長明寺がある。
開山は室町時代の永禄3年、僧・重圓によるとされ、かつては本堂、薬師護摩堂などがあったが、明治13年の火災により消失してしまった。わずかに、燈篭・石碑の破片だけが残された大火のなか、本尊の大日如来、薬師如来像は消失を免がれ、厳然としてその御姿を今にとどめている。火災後は、しばらく仮本堂の姿であったが、平成4年に本堂を再建。間口七間の入母屋作り瓦葺の荘厳な造りである。その後平成6年に庫裡客殿が新築され、伽藍整備が整った。
新田町は関東平野の北部末端の平地であり、群馬県東部に位置し、東に太田市、西は伊勢崎市、北に桐生市に囲まれた中間地点であり、農・工業が盛んな町でもある。(関東88カ所霊場HPより)
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