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楽しみ方前橋東照宮のお参りの記録一覧
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「七つの神玉を集めたら願いを叶えてしんぜよう」
って神様がおっしゃっております🐲 ので
やらない選択肢はぬぁーい🙆♂️ つー事で
心を込めて集めさせて頂きます🫡題して
『神様大好きおんぶにだっこドラゴンボールin群馬編』
三社目は前橋東照宮へ⛩
御祭神はもちろん徳川家康公 東照大権現様☀️
江戸時代中期に松平家が移封の際に創祀されました。
この辺り一帯は川の氾濫が多く、沢山の被害が
あったようです。ここで登場大権現様☀️
やっぱり家康公頼みの神通力をあやかりたいと
願ったのでしょう。
是非とも自分もあやかりたいです🫡
いつの時代も家康公の偉大さは変わりませんね🌈
この度も金の御朱印帳に直書きして頂きました⭕️
夢を願いを叶えてちょうだいませませ🙇♂️
鶴舞う形の群馬県ですから
七つ集めたら神の御加護がきっとある事でしょう🌈
つ・か・も・う・ぜ❗️ドラゴンボール🐉
世界でいっとー神玉巡り🎵



日光東照宮を擁する栃木県民なのに何ですが、しょっちゅう狸オヤジとかdisってるように、私、三英傑の中で徳川家康が一番嫌いですw (静岡県のかた本当にすみません)
「織田がつき羽柴がこねし天下餅 座して喰らふは徳の川」
この戯歌ごとく、家康が天下取れたのはなんか漁夫の利というか棚ぼた感をすんごい感じるので(^^;
もちろん竹千代君も幼少期の過酷な人質生活、信長・秀吉から受けた数々のパワハラ、神君伊賀越えなど危機的状況を何度も潜り抜けて天下を取った超人ですが、やはり歴史が浅すぎていまいち神としてのイメージが湧かない( ゚д゚)?
武田勢にビビってウ○コ漏らしたこともあるしなw
(まぁ素戔嗚尊の高天原での天津罪とかを見るに、日本の神様なんてそんなものかもしれませんが(^^;)
何より地元の唐沢山城と佐野家改易のぐう畜エピソードへの反発が大きい。
火事で真っ先に江戸に駆けつけたら逆にそれに難癖つけられて取り潰し、現代でいえば被災地で決死の救助に当たる自衛隊の方々に難癖つけるサヨクのようなものかと(違w)
ホトカミに一番最初に投稿した世良田東照宮のように、なんとなく家康公とは波長も合わないみたいだしね(^^;
さて、そんなワケで次の目的地を決めるに当たり、前橋東照宮だけは絶対にないない(ヾノ・ω・`)と思ってたのですが・・・
なんとここ、兼務社御朱印が豊富でしかも全て手頃な距離!Σ(゚∀゚) 残りの時間巡礼するのにピッタリだったので手のひら返しして行くことにしました♪www
県庁近くのかなり交通量の多いところで、また改装中ということもあり駐車場入るのにやや苦労。
実質一方通行で、一度入り損ねて神社の周りを2週くらいしてしまった(>_<)
境内も工事や整備の関係者さんがまだいろいろ作業中でした。
神社はかなり現代的で、社務所もまるでホテルのロビーのよう。
よく行く冠稲荷神社も結婚式場併設のためかわりと近代的ですがここは究極の姿かも。
よく小規模な神社行くと、プレハブ小屋みたいな社務所でバイトの巫女さんが寒そうに奉仕しているのを見ますが、ここに勤めてる巫女さんや禰宜さんは快適だろうな~、やっぱ寺社界にも労働格差ってあるのね(;-ω-)とか、現実忘れようと寺社に来てるのにいらんこと考えてみたりw
祭神は狸オヤジオンリーかと思ったのですが、まさか刑部姫なんて超レアキャラも祀られてるとは思わなかった!Σ(゚Д゚)
やっぱムリしてでも御札授かるべきだった(>_<)
てことで、改装が終わった頃にまた参拝します♪
(さんざん家康disっといて・・・まさに神を恐れぬ所業w)

ここも総社神社と同じく東照宮の御朱印だけでも結構な種類があったのですが、兼務社御朱印だけで予算オーバーだったのと、家康に思い入れがないので通常物だけいただきましたw

一ノ鳥居
この辺りかなり交通量が多かったため外からは撮影できず
寺社の古札納め所はだるま不可の所が多いですが、ここはそれなりに規模がある神社のためか、高崎の隣りという土地柄もあってか、だるま専用納所がありした

寛永元年(1624)、結城秀康の五男である松平直基により最初の領地であった越前勝山で創建された。
寛延2年(1749)、松平朝矩が姫路藩から前橋藩に国替えとなったが、水害により前橋城を廃棄し、明和4年(1767)川越城へ移転した。その時、東照宮も移転し、現在の社殿はこの時期に川越で造営されたものである。
以後は代官に前橋を治めさせていたが、慶応3年(1867)、松平直克が念願の前橋復帰を果たし、東照宮も社殿を解体して前橋に移転をはかったが、幕末の混乱により再建は明治4年(1871)となった。
江戸時代初期の前橋藩主・酒井重忠は天満宮を創建し、酒井氏時代から長く崇敬されていた。これを明治4年に合祀したものである。また、明治31年(1898)には長壁神社も合祀され、現在に至る。

前橋東照宮は、群馬県前橋市にある神社。旧社格は県社。徳川家康公(東照大権現)を主祭神に、木花咲耶姫、菅原道真、長壁姫を合祀。正式名称は「東照宮」。
当社は、江戸時代初期の1624年、結城秀康(徳川家康の次男)の五男・松平直基により、最初の領地であった越前勝山(福井県)に創建。江戸中期の1749年、松平友矩が姫路藩から前橋藩に国替えとなったが、水害により前橋城を放棄し、1767年川越城へ移転し、川越藩と称した。東照宮もこれに合わせて移転し、現在の社殿はこの時期に川越で造営されたもの。以後、前橋は代官に治めさせたが、1867年に松平直克が念願の前橋復帰を果たし、東照宮も社殿を解体して1871年に前橋に移転した。江戸時代初期の前橋藩主・酒井重忠は天満宮を創建し、酒井氏はこれを長く崇敬していたが、1871年に東照宮に合祀、1898年には長壁神社を合祀た。
当社は、JR両毛線・前橋駅の北西2kmの利根川沿いにある前橋城跡にある。街中の大神社らしく、
境内は広いが草木は少ない。社務所棟は大きな現代建築。残念なことに、川越から移築した自慢の社殿とその参道が大規模工事中であったため、近くにいるのに遙拝となった。
今回は旧社格が県社ということで参拝することに。参拝時は週末の昼ごろで、さすが都会の大神社、参拝者はぱらぱらとそれなりにいた。
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