ひだてんまんぐう
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【飛騨國 古社巡り】
飛騨天満宮(ひだ・てんまんぐう)は、岐阜県高山市天満町にある神社。旧社格は郷社。祭神は菅原道真公。
社伝によると、平安時代中期の903年、飛騨國権掾の菅原兼茂(菅原道真の三男)が父親の道真が大宰府で死去したことを聞き、祠を建て自らの手で彫った木像を祀ったのが始まり。923年に菅原兼茂が都に帰る時にこの木像を村人に託したという。菅原兼茂は901年の昌泰の変により他の兄弟と同様に左遷され、飛騨國権掾となっていた。のちに荒廃したが天正年間(1573年~1592年)に松倉城主・三木自綱により再興され、江戸時代前期1645年に高山城主・金森重頼が社殿を再建した。
当社は、JR高山本線・高山駅の南南東800mの平地の市街地にある。境内は旧郷社としては広さがあって整備されていて明るいが、社殿周りには古巨木が立ち並び、古社の雰囲気もある。
今回は、飛騨高山の人気神社ということで参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分たち以外には特に参拝者は見掛けなかった。
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第六十代醍醐天皇の延喜元年正月右大臣菅原道真公は藤原時平の政略により太宰権帥に左遷に伴い公の三男兼茂公は飛騨権椽に遷され給い国府近くの此の花里の地に謫居中延喜三年父君菅公の薨去を聞き此の地に生える梅の木に自ら像を刻まれ霊祠を建立され礼拝されていたが延長元年勅許を得て帰京の際里人に永久の祭祀を依頼された
これ当社の創建にて爾後天満宮と称せり
其の後国司領主の崇敬厚く天正の頃には松倉城主三木大和守自綱の再建あり次に正保の頃領主金森出雲守重頼再造営し更に元禄二年には金森出雲守頼時尚造営あり
其の他代々の代官郡代の崇敬厚く次々に大祭も執行し飛騨一円をはじめ国外までも文学の祖神として崇敬者が多い
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