おにのくびずか
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楽しみ方鬼の首塚のお参りの記録一覧

800年前、現在の鬼岩(御嵩町次月・瑞浪市日吉地内)に関の太郎という鬼が住んでいたと伝えられており、近隣の村や町に降りては悪さをし、乱暴狼藉を極めたと言われています。
困り果てた町民たちは、神様や仏様の力を借りることにし、薬師如来の力で飛ぶことができなくなり、取り押さえられ討ち取られてしまいます。
しばらくすると急に重くなり、持てなくなってしまったため、仕方なくその場所に首を埋めて塚を作り、鬼の首塚としました。
御朱印は願興寺前の「御嵩町 御嶽宿 わいわい館」で頂きました。




御嵩町にある鬼の首塚にお参りしました。
先にお参りした愚渓寺から、徒歩10分ぐらいで 国道21号線沿いにあります
首塚の前に立つと、車の往来が結構あるのにスッーと引き込まれていくような 一瞬静寂な空気が流れるような・・そんな不思議な雰囲気でした。
なぜここに鬼の首塚?ということですが
正治元年(1199)の頃、『関の太郎』(西美濃・不破の関の生まれであったため)と呼ばれていた恐ろしい鬼👹(賊)が鬼岩(御嵩町と瑞浪市の境)の洞窟に住み 悪さを繰り返していました😢😱
願興寺に残る寺記によると、神さまや仏様(蟹薬師如来)の力で取り押さえられ、打ち首を桶に入れて京に運び出そうとした所 首の入った桶が急に重くなり そして首は桶から飛び出して、首をこの地に埋葬。その後、太郎は土地の守護神となり、村人たちは幸せに暮らしたそうです。
また、福鬼伝説(退治された後、福鬼として蘇ったという話)になぞらえ、毎年節分の時期に
福鬼まつりが開催されていて「鬼は内 福は内」と言って豆をまくそうです
なぜ守護神となったのか??福鬼になったのか??不思議ですね☺️
ここからそんなに遠くない鬼岩公園に是非行ってみたいと思います

鬼首塚遺跡と記した石柱 幟もあります

鬼の首塚 鬼ころしというお酒(紙パック)が2本お供えしてありました

鬼の首塚(天神塚)町重文

『草枕 むすぶまもなき うたたねの ゆめおどろかす 野路の夕立』
正岡子規の歌碑があります 明治24年(1891)子規が上野を出発し」、木曽路から美濃路へと旅した様子を紀行文の中で発表していて 御嵩宿を出て次の宿の途中で詠んだそうです 鬼の首塚の横にありました

願興寺と鬼の首塚のコラボ御朱印(願興寺においてあり 写真を撮らせていただきました) それぞれ拝受しすると、関の太郎と薬師如来となります 3月までの限定で終了ですが 鬼岩公園のドライブイン内にある御朱印所では、鬼さんの色々な御朱印があるようですが、毎月最終金曜日のプレミアムフライデーの授与のみではないかと思います

伝説シリーズ第2弾です。またまたインパクトのある名前でしょう。師匠直伝です。では言われを説明します。現在の鬼岩公園の岩穴に住み着き、乱暴狼藉を極めた「関の太郎」という鬼がいました。地頭・纐纈源吾盛康が4人の家臣に討ち取るよう命じ、見事首をはねました。その首を桶に入れて京ヘ運ぶ途中、この地で急に重くなり、縄が切れ、首が転がり落ちました。その首も動かすことができなくなったため、それをこの地に埋めて、祀った。これが「鬼の首塚」の由来といわれています。

国道21号の北側の道沿いにあります。幟が何本か立っているので分かりやすいです。

詳しい由来です。

全景です。バス停が近くにあるので待合所と勘違いするかも。

中に入ると、ありました。神聖な空気を感じます。生前の行いは悪かったかも知れませんが、こうやって地元の人々の信仰の対象になっていることは本人にとって幸せなことだと思います!

正岡子規の歌碑が横にありました。
ここから車で国道21号を走らせて彼が住んでいた鬼岩公園に向かいます。

車で10分ほどで到着しました。ここは巨岩・怪岩で有名です。

マイナスイオンいっぱいの渓流に沿って登って行きます。

このような岩がゴロゴロあります。

山の中腹ぐらいに「鬼の岩屋」があります。入ってみましょう。

階段を降りて行くと・・・

いました〜!!

アップにすると、怖いです〜、青いし。でもパワーもらいました!

先月のプレミアムフライデーの時に麓の駐車場のところで、イケメンのお兄さんと美人のお姉さんから御朱印を頂きました。
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