ずいりんじ|臨済宗妙心寺派|龍雲山
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楽しみ方瑞林寺のお参りの記録一覧

「中濃八十八」第69番札所です。
室町時代後期の文明年間に仁済宗恕が当時の美濃国守護の土岐成頼から50貫の寄進を受けて、瑞龍寺の悟渓宗頓を請じで開山しました。
別名の柿寺は、2世の仁済宗恕が当地の特産品である蜂屋柿を室町幕府10代将軍足利義稙に献上したところ寺領10石と柿寺の称号を授けられたことによります。
5世の明丘は、豊臣秀吉に蜂屋柿を献上して永楽通宝を50貫と寺領10石を得ました。秀吉から他に何か望みはないかと尋ねられたことに対し、「労役に苦しむ村方百姓を御救いください」と言上したところ、蜂屋村に対する諸役御免の証文を得ることが出来ました。
1600年9月、関ヶ原の戦いのために大垣城を目指して進軍して来た徳川家康に対し、蜂屋村の百姓衆の代表が墨俣で山田長右衛門の仲立ちで蜂屋柿を献上したところ、「大がきが手に入る」と喜んで食べて、それまでの蜂屋村の特権を認めました。
蜂屋柿は渋柿の一種で、実が大きくて種が少なく、初めは生熟柿にしていましたが後に干柿にするようになりました。
古より高貴な人物に献上されていたことから、堂上柿とも呼ばれます。
1565年9月22日 織田信長が堂洞合戦で堂洞城を攻めた際に、弥勒仏は首を抜かれて地中に埋めて隠されたことにより難を逃れたという伝説があります。
御朱印は庫裡で頂きました。
客2番札所の小野寺、67番札所の願成寺の御朱印はこちらで頂きました。












岩屋観音堂から車で15分位の所にありました。私がよく行くゴルフ場の近くにあります。こちらには高さが5m近くある蜂屋大仏があるそうで、楽しみです。

寺号標です。創建は室町時代後期で、臨済宗妙心寺派に属します。

別名で「柿寺」と呼ばれています。これは創始者が当時の室町幕府に蜂屋柿(干し柿)を献上し、「柿寺」の称号と寺領10石を賜わったからだそうです。江戸時代も献上が続き、幕府から恩恵を受けていたそうです。

山門です。

説明板です。蜂屋大仏以外にも色々文化財があります。

有難いお言葉

手水舎

鐘楼

本堂修復記念の瓦です。



美しい庭園です。

左側には弥勒堂がありました。中には蜂屋大仏が安置されています。

正面は本堂です。

戸が閉まっていましたが、入れそうです。

入れました。綺羅びやかな内部です。御本尊は聖観世音菩薩です。

勢いがある書です。

襖の上の美しい絵

書置きの御朱印がありましたが、小銭がなかったので困っていたらご住職が近寄ってみえたので、直書きをお願いしたら快く受けていただき、奥様に書いていただきました。親切な方で、御本尊とか色々見せていただきました。

蜂屋大仏も案内していただきました。正式名称は木造弥勒菩仏坐像です。見た瞬間「大きい!」と声が出ました。製作は鎌倉時代頃で、戦国時代に織田信長が攻めて来た時、首を抜いて土中に埋めていたという逸話があります。

弥勒堂自体は江戸時代の建立です。ちょっと見にくいですが、天井画が描いてあります。

奥様に書いていただいた達筆な御朱印です。途中で小学生のお子様が帰って来て、仲良さそうな家族の様子を見させていただきました😄 ありがとうございました。

岐阜寺廻りの2寺目は先の御嵩町と隣接している美濃加茂市に在る龍雲山 瑞林寺です。
臨済宗妙心寺派で、本尊は聖観音菩薩。
室町時代の文明年間(1469~1487年)に仁済和尚が師である悟渓国師を請じて開山。
仁済和尚は将軍足利義稙に地元の蜂屋柿を献上し、「柿寺」の称号と寺領10石を賜った。以降、豊臣秀吉、徳川家康へも献上し、寺領を安定させ、現在に至ります。
山門をくぐると正面に本堂、右側に庫裏。その前の鐘楼。本堂から左に渡り廊下で繋がっている遷仏堂があります。
本堂の厨子に聖観音(岐阜県重要文化財)が祀られています。この聖観音の胎内には仏像が納められており、その胎内仏も聖観音であり「はらごもり観音」と呼ばれています(御朱印にも腹籠観音)。胎内仏は7年に1度の開帳で、次回開帳は2025年との事です。
厨子の右側に如来坐像が置かれていますが、両手首から先が失くなっているため仏名はわかりませんが、この寺の創建以前の平安時代作との事であり、こちらも10年程前に市指定有形文化財になりました。(光背と台座は近代の後補)
遷仏堂には「蜂屋大仏」と呼ばれている弥勒仏が安置されています。こちらも岐阜県重要文化財で、像高3mの大仏です。
庭は綺麗に手が入れられ、気持ちの良い境内した。庫裏で御朱印を頂き(多分住職の奥様)、住職とお話させて頂きました。
尚、寺の東側(右側)に50台位停めれる駐車場があります。

御朱印



山門

手水

鐘楼

庫裏

本堂


本尊・聖観音菩薩(撮影許可受領)

如来坐像

遷仏堂

蜂屋大仏






令和3年~4年平和の巡礼御朱印巡りin岐阜15/36
柿寺と呼ばれるお寺。
住職の妻からかなり丁寧にお話してくれました。
訪れるまで知りませんでしたが、大仏様がおられます。
織田信長が攻めてきた際に、首を抜いて土の中に埋めたといわれており、
その後、江戸時代末期頃?に別のお寺から今のお寺へ移動され、身体も作成しくっつけたようです。
江戸時代に書かれた絵もあり、歴史がかなりあり面白いので、たくさんの人に知ってほしいお寺です。
冒頭に書きました柿寺ですが、室町幕府十代将軍に蜂屋柿を献上し、寺領十石と柿寺の称号を授けられ、以降江戸幕府ともつながりがあります。

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