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ぶつがんいん|真言宗醍醐派矢熊山

佛眼院の御由緒・歴史
岐阜県 三柿野駅

ご本尊不動明王 弘法大師
創建時代1203年(建仁3年)
開山・開基成賢(開山)明心(藤原秀之助)(中興)・土御門天皇(開基)
ご由緒

1203年(建仁3年)に土御門天皇の祈願をうけて、
成賢が醍醐寺の東谷に醍醐寺塔頭として創建した。成賢は仏像を制作して安置した。
1868年(慶応4年)に旗本前渡坪内氏家臣・山本軍八郎の子である秀之助が、
17歳の時に目の病によって両目を失明してしたが、
成田不動(現・成田山新勝寺)に参籠して修行したところ不動明王の霊験によって
片目の視力が回復した。この恩を受け、秀之助は真言宗に帰依して出家し、明心と改名した。
1890年(明治23年)11月11日、矢熊山に明心によって仮の堂が築かれ、
明治時代になって堂宇を失い実態のない状態であった佛眼院の名を継承する。
1892年(明治25年)には厄除けの祈祷を始めたところ、参拝者が増えだした。
明心のように盲目者の眼が治ることや、諸病の平癒した人が多くうまれた。
次第に利益が開運厄除・無病長寿・良縁幸福・家内安全・家門繁栄・交通安全などと
広がっていった。
1927年(昭和2年)岐阜県の十名所に選ばれる。
現在の本堂は1900年(明治33年)に再建されたもので、
1910年(明治43年)には鐘楼堂、
1928年(昭和3年)に弘法堂が建立された。

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