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佛眼院ではいただけません
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ぶつがんいん

佛眼院のお参りの記録(1回目)
岐阜県三柿野駅

投稿日:2023年10月20日(金)
参拝:2023年10月吉日
🌼仏眼院(ぶつがんいん)は、岐阜県各務原市前渡東町にある真言宗醍醐派の寺院である。不動山の上にある仏眼院です。🌸通称「前渡不動尊(まえどふどうそん)」。正式名称より通称で呼ばれる事が多く眼病治癒にご利益があると言われています。🌺前渡の旗本坪内家の家臣・山本軍八郎藤原盛行の一子・秀之助が盲目となり成田不動に眼病治癒を祈願し開眼したと伝えられています。その報恩のために成田不動於いて得度を受け僧名を明心と改名しました。
1890年(明治23年)、標高87mの矢熊山(現在の不動山)の山頂付近に二間四面の仮堂を建て、諸人の厄除 の霊場となり1891年(明治24年)、京都市醍醐山にあった土御門天皇1203年(建仁3年)創建による豊臣秀吉の祈願所・仏眼院を移転、安置し奉るっています。☘️1927年(昭和2年)、岐阜県の十名所に選ばれ現在の本堂は1900年(明治33年)に再建、1910年(明治43年)には鐘楼堂、1928年(昭和3年)に弘法堂を建立しました。🌼矢熊山山頂には高さ2メートルの開山碑「開山明心之碑」があり "承久の乱合戦供養塔(佛願院・前渡不動尊)" は、佛眼院参道の途中、矢熊山の山腹にあります。🌸承久3年(1221年)6月6日、朝廷側と鎌倉幕府側は、まめどで戦いました。前渡・まめど(各務原市前渡・承久記では「大豆戸」・吾妻鏡では「摩免戸」と表記)が、選ばれた理由が、木曽川中でも特に浅く水量の多い夏場でも渡りやすい場所であったからだ言われています。☘️幕府軍 総大将 北条泰時や三浦義村と朝廷側 総大将 藤原秀康や三浦胤吉(たねよし)などが睨みあった激戦地で昭和7年(1932年)の県道工事の際、「再宮寺」という小字地名が残っている矢熊山の西側から多数の五輪塔が出土しました。

🌷🌷前渡不動仏眼院境内にある "カフェドエピ" 🍝があります。駐車場は共用のようで何台でも止められます。
お不動さんとはちょっと雰囲気の違うカフェが登り口の横にありました。🌷🌷

〈アクセス〉
🚌各務原市ふれあいバス:稲羽線「前渡不動前」バス停下車。
🚃名鉄各務原線 各務原市役所前駅、三柿野駅より路線バスがある

🍁所在地 : 岐阜県各務原市前渡西町1975−1
佛眼院(岐阜県)
"カフェドエピ" のボンゴレロッソ🍝
佛眼院(岐阜県)
🌼仏眼院の御朱印
佛眼院(岐阜県)
前渡不動山佛眼院
佛眼院(岐阜県)
山道入り口があります。山頂まですべて舗装(階段ナシ)されているので楽に登ることができます。
佛眼院(岐阜県)
1つ目の分岐があります。看板に「山頂右」と表示されています
佛眼院(岐阜県)
佛眼院(岐阜県)
承久乱合戦供養塔の由来 説明板
佛眼院(岐阜県)
佛眼院(岐阜県)
入り口を示す石碑
佛眼院(岐阜県)
佛眼院(岐阜県)
参道
佛眼院(岐阜県)
佛眼院(岐阜県)
前渡不動山佛眼院 本堂
佛眼院(岐阜県)
駐車場の一角に建つ不動堂
佛眼院(岐阜県)
八熊山山頂
佛眼院(岐阜県)
八熊山山頂
佛眼院(岐阜県)
境内にある "カフェドエピ" があります
佛眼院(岐阜県)
境内にある "カフェドエピ" のパスタランチ🍝
佛眼院(岐阜県)
境内にある "カフェドエピ" のBread🥪

すてき

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