ぎふごこくじんじゃ
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楽しみ方岐阜護國神社のお参りの記録一覧
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岐阜市にある神社です。
終戦80年の夏ということで 岐阜でも護国神社をお詣りさせていただきました。
金華山の北側麓にあります。
今までお詣りした経験から 護国神社は社殿がそんなに多くないのに境内が広いイメージでした。
こちらの岐阜護国神社も境内が広かったです。
大鳥居をくぐって長い参道を歩き 二の鳥居まで50mぐらいかなあ。
さらに50mほど先に とても立派な拝殿があります。
こちらの拝殿 今までに見たことのない造りになっていました。
壁はなく 柱が10本以上で重い屋根を支えています。
本殿は賽銭箱の置かれた扉から内陣を見ることができます。
そんなに広くはないですが とても立派な造りになっています。
英霊の御霊に感謝の御挨拶をさせていただきました。
本殿横には鎮霊社があり そちらには兵士の人形が置かれていました。
郷国思慕防人像といいます。
こちらの社を守っておられるのでしょうか。
反対側には 境内社が3つありました。
奉安殿・足乳根宮・河童大明神です。
足乳根宮は女性の悩みを聞いて下さる女神様ということで 祠の中には女性の象が。
河童大明神の祠の前には 2匹の河童。
護国神社が創建される前 この地は沼地で 古くから河童が棲むと言われていたそうです。
お詣りをすませ 社務所へ。
御朱印は 足乳根宮と河童大明神のものもあわせていただきました。
境内社で御朱印がありますが 別投稿にはしませんでした。
16時を過ぎてしまっていましたので この日はこちらでおしまい。
ネット情報です。
岐阜県内には 1870年(明治3年)に大垣城内に大垣招魂社(後の濃飛護國神社) 1909年(明治42年)に高山城址に飛騨招魂社(後の飛騨護國神社)が創建されていたが 岐阜市ほか10郡には招魂社がなかった。
日露戦争後の1908年(明治41年) 岐阜市郊外の稲葉郡北長森村(現・岐阜市野一色)に陸軍歩兵第68聯隊が設置され 1917年(大正6年)に稲葉郡那加村(現・各務原市)に陸軍各務原飛行場が開設されると 当地出身の英霊を祀る招魂社建立の機運が高まった。
1918年(大正7年)に歩兵第68聯隊は岐阜県知事 市町村長及び在郷軍人などの有志と共に招魂社の創建を企画したが実現しなかった。
1937年(昭和12年)の支那事変勃発に伴い 1939年(昭和14年)3月10日に2市10郡209ケ村の代表者が内務省へ創立を出願し 同年6月19日に内務大臣から創立許可を受けた。
翌1940年(昭和15年)11月に社殿が竣工 同19日に鎮座の儀 翌20日に幣帛供進の儀が執り行われて創建された。
なお 1939年(昭和14年)4月1日に施行された「招魂社ヲ護國神社ト改称スルノ件」(昭和14年3月15日内務省令第12號)により 招魂社は護國神社と名称が改められていたので 創建当初から「岐阜護國神社」と称し 内務大臣指定護国神社に指定された。

岐阜市御手洗にある 岐阜護国神社にお参りしました。
金華山の麓 長良川沿いにあり 駐車場も広くあり 岐阜駅からはバスで長良橋南で下車して
徒歩5分くらいです
朝から散歩してみえる方や 長良川沿いのホテルに宿泊された方が付近をあるいてみえましたが
境内には数人・・広くて静か・・ゆっくりとお参りしました
背筋がピッと伸びて 厳かな空気 暑さも吹っ飛びます😌
これから8月 お盆に向かって参拝される方も多くみえるのでしょうね🙏
ご祭神は 戊辰の役から大戦に至るまでに国の殉ぜられた 岐阜・中濃・東濃の英霊
37800余柱です
現在は 平和を打ち立てる神様 家内安全の神様 災難除けの神様として 厚い信仰をうけています
また 境内には 鵜飼桜(彼岸桜)といって 桜の咲き方で鵜飼いの鮎の豊凶を占う
大きな桜の木があり 飛騨・美濃桜三十三選のひとつとなっています



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