臨済宗妙心寺派
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楽しみ方栽松寺のお参りの記録一覧

岐阜市にあるお寺です。伊奈波通り散策でお参りしました。
こちらの栽松寺さんも 岐阜善光寺のすぐ近くにあります。
新四国八十八か所の第4札所になっています。
札所ですから御朱印は期待してのお参りです。
山門はなく 門は開いていましたので 境内に入らせていただけました。
とその前に 建物は現代のもので新しく 木造の本堂ではないのかなと思いました。
ところが境内(門を入って右手)には 木造の本堂らしき建物がありました。
ほっとしました。私はどうしたって木造の本堂が好きだからです。
できれば朽ち果てそうなほど古い方が好きです。
こちらのお寺も 本堂前で手を合わせて写真を撮らせていただいておしまい。
残念ながら御朱印は拝受できませんでした。
2番札所~4番札所が連続でアウトです。
凹みます。とその時掲示板の言葉が身に沁みました。
「あせらず くさらず あきらめず」
はい またお参りする機会をいただいたということにします。
ネット情報です。
山号は雲山 宗旨宗派は臨済宗妙心寺派 ご本尊は阿弥陀如来 創建年は慶長元年(1596年) 開山は是三 中興年は安永2年(1773年) 中興は鉄厓円伊です。
慶長元年(1596年)に是三法師が天台宗の寺院として開いた。
その後 承応2年(1653年)に加納光国寺より維納上座を迎えて臨済宗妙心寺派に改宗した。
この時の寺号は片岡庵と称した。
その後 元禄14年(1701年)に現在の寺号に改めたものの法系が途絶えたため 安永2年(1773年)洞戸興徳寺より鉄厓円伊を招き現在に至っている。
寺宝として文化年間の十六善神像 文化5年(1808年)の十六羅漢像を祀る。

正面

寺号の石柱

境内の様子 本堂

掲示板の言葉が身に染みる

法円寺の次は、法円寺の道路を挟んだ向いにある凌雲山 栽松寺です。
臨済宗妙心寺派で、本尊は阿弥陀如来。
美濃新四国八十八ヶ所霊場 第4番札所。
1596年に是三法師が天台宗の寺院として開創。1653年に臨済宗妙心寺派に改宗し、寺号は片岡庵と称した。その後の1701年に現在の寺号に改めたものの法系が途絶えた(弟子や後継ぎがいなかった?)。1773年に洞戸(現・関市)の興徳寺より鉄厓円伊を招き現在に至っているとの事です。
石柱による門はあるものの(2本の石柱には文字が彫られていますが読めません)一見すると寺院とは思えない西洋風の建築物、辛うじて寺号柱は建てられていますが。
石柱の先は庫裏で、右側に本堂でした。
先ずは本堂へ行きましたが、物騒な世の中ですから扉は施錠されています。仕方無くモダンな建物の庫裏へ行って来訪を告げるとご住職が出てこられたので御朱印をお願いしました。(外装はモダンですが、内装は和風で格好いい。)
本堂の鍵も開けて下さるとの事で上がらせて頂いて、本尊に手を合わせました。(弘法大師の事を失念してしまっていたため未確認。下準備無しに霊場巡りするのは良くないですね。)
失礼する時に、第5番札所の善澄寺のご住職が現在体調不良のため代理で極楽寺が対応されていると教えて頂きました。

御朱印

右側の瓦屋根が本堂

本堂

手水


本尊・阿弥陀如来坐像

美濃新四国 第4番札所 栽松寺にお参りしました。
3番札所法円寺の直ぐ前にあります。
臨済宗妙心寺派の寺院で、ご本尊は阿弥陀如来。
1596年、是三法師が天台宗の寺院として開山
1653年、加納光国寺より維納上座を迎えて、臨済宗妙心寺派に改宗
1701年、現在の寺号に改めたが、法系が途絶えましたが、
1773年、洞戸興徳寺より、鉄厓円伊を招き現在に至ってます
中に入ると一見寺院ぽくっない建物がたっていましたが、横には大きな本堂が・・
お参りして御朱印をと思い大きな声でお呼びしましたが、お留守?でも本堂は開いているしと思い
失礼ながら電話をかけさせていただきました。丁寧に対応していただきありがとうございました。

寺号標

本堂

御朱印
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