今月のことば　2021年7月

交通機関が便利になるほど、どこかへ出掛けなければならない用事が出来る。

内田百閒『学生の家』



【解説】

　科学が発展して新しい技術が生まれ、今までできなかったことができるようになる。それはありがたいことである。

　一方、この言葉にあるように、短時間での長距離移動が可能になれば、それに合わせた強行スケージュルが組まれることもある。また、現役で働く世代であれば、パソコンやスマートフォンは持っていて当然と見なされるだろう。しかし、日々進歩するその機能を完全に覚えて使いこなすことは難しい。

　新しい技術は暮らしを便利にする。しかし、それを身に付けなければならない、活用しなければならないという風潮が高まれば、かえって心が窮屈になるだろう。新しいやり方、昔ながらのやり方、人それぞれ自分に向いたやり方がある。大切なのは、それを自分で選べるかどうかである。

　法然上人は念仏による浄土往生を人々に勧めた。それは従来の日本仏教のやり方を否定し、念仏を強要するものではない。仏教の様々な教えの中から、念仏という易しい方法が多くの人にとってふさわしいと考えた。しかし、厳しい修行をすることも間違いとは考えず、自分で考えて選べばよいとした。

　仏教の教えの中から、どれを選んで実践するか。それを自分で決めることを許してくれるのが仏様である。人それぞれのやり方で生きることを許してくれる仏様の大きな心が、世の中に広まれば、誰にとっても過ごしやすい世の中になるだろう。