こがいくにじんじゃ
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楽しみ方蠶養國神社のお参りの記録一覧
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今年の福島巡り
あまりにも順調に進みすぎて 朝6時台には現地に着いてしまった^^;
じゃ~~~何するべ~~と悩む~~~~な状態に^^;
思い付き 目的の地のオープン時間まで ちょっと遠出を^^
天気がいいんだか悪いんだかわからん状況のこの日(後に好天になったのだが^^)
こちらホトカミさんで下調べしてて チョイと気になったこちらの神社まで伺うことにしました^^
蠶養國神社
会津若松に鎮座する神社
日本に唯一 1社しかない 社名を有する神社だそうです^^(社務所に張り紙^^)
まだ朝早い時間にも関わらず 参拝に訪れる方がチラホラ^^
朝の気持ちのいい境内には 蝉の声が響き渡り 夏模様を醸し出していました^^
境内中央に立つ 樹齢1000年超と言われている桜の大樹 見事でした^^
8時すぎ。。。 御朱印を頂き この地を後にすることに
其の帰り際 1台の車が 到着!! ん?? この地で 横浜ナンバー?
あちら様もこちらの横浜に気付いた様子(というか 交通安全ステッカーめっちゃ貼ったマイカーに見覚えが有った模様^^)
5月に 妙蓮寺に居ませんでした??との声かけ^^(確かに居た^^;)
どうやら 同じ時に 先方も妙蓮寺に来ていたらしい^^
あ~~世の中狭いな~~~~と感じた瞬間でした^^



🌸福島県の神々の社を巡る⑤🌸
会津若松市に鎮座されます『蚕養国神社(こがいくに)』へ参拝に上がりました👏
弘仁2年(811年)の創建という古社で、『延喜式内社』また、この蚕養国神社以外に社名を『蚕養国』とする神社はなく、扁額や御朱印にも『日本一社』と謳われています。
蚕養国神社の創建には養蚕業が関係すると考えられているそうですが、会津で養蚕が盛んだったことにより祀られたというよりは、会津で養蚕を盛んにしようとする当時の中央政府の政策のために祀られるようになったとの説があるそうです。
拝殿前に立つ樹齢1,000年、樹高14mの御神木『峰張桜(みねはりざくら)』の桜花祭も終わり、桜の花🌸は見ることが出来ませんでしたが、御神威を感じるキリッとした空気感を感じながら参拝致しました😊
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福島県会津若松市蚕養町に鎮座する神社。
正式名称は「蠶養國神社」で、別称は「蠶養宮」。神紋は会津三ツ葵。
社伝によれば、弘仁2年(811)の創建。
寛弘7年(1011)、県令・石部少将道秀、堂家左京太夫憲照、石塚丹後頼春等により社殿が造営される。拝殿前の峰張桜(市指定天然記念物)は、この時に植えられたと伝えられる。
その後、兵火により社殿が焼失するが、保科正之が再建、社領20石を寄進し、会津大鎮守六社(諏方・伊佐須美・磐椅・蚕養国・心清水八幡・西村八幡)の一とされる。
寛保3年(1743)には正一位に極位した。
文化4年(1807)に社殿が焼失するが、文政2年(1819)、松平容敬が保科正之造営の社殿と同じ形式で再建した。




蠶養國神社
御由来
蚕養国神社は、日本一社にして延喜式神名帳にある、陸奥一百座の一つである。
謹んで日本国史を読むと、記紀神代の巻に、
「軻遇突知命、埴山姫命を娶り稚産霊命を生奉る。此神の御頭より蚕生れ出でし。」
とあり、これが我国の養蚕の始まりである。
第五十二代嵯峨天皇の御代弘仁2年(811)鎮座にて、第五十四代仁明天皇承和年中に、 官社に列せられ、醍醐天皇の御代延喜式選定の折、式内の社となる。
一条天皇寛弘7年(1011)に、県令、石部少将道秀・堂家左京大夫憲照・石塚丹後頼春等により、 社殿を造営す。その時の神官を、蚕養蔵人という。
その後、兵火のため社殿炎上し神離の境内で あったが、保科正之侯が官工、鷹谷弥十郎宗清に命じ、社殿以下を造営し、社領20石を寄付、 櫻町天皇寛保3年(1743)には正一位の極階に進まれた。
文化4年社殿焼失し、文政2年(1819)松平容敬朝臣、社殿以下を、正之侯創立のものに写し、 今日に至る。
御神徳養蚕守護の神として広く知られ、農、工、商、諸業繁栄、交通安全守神として信仰されている。
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