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志賀海神社ではいただけません
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しかうみじんじゃ

志賀海神社のお参りの記録(1回目)
福岡県海ノ中道駅

投稿日:2019年07月23日(火)
参拝:2019年7月吉日
神主の夏の自由研究
「壱岐島をはじめ海人の歴史と信仰」

(その1)
海人の長である安曇氏の祖神が祀られる志賀海神社に参詣。旅の旨を奉告し、安心して壱岐島に渡ります。


[本殿]志賀海神社
仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)
底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)
表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)

※綿津見三神
伊奘諾神が黄泉の国から帰り、穢れを祓うために禊をした時に海中で生まれた神。記紀では、海の底で生まれた底綿津見神、海の中ほどで生まれた仲綿津見神、海面で生まれた表綿津見神と順番が示され、海底から海面に浮上する過程で生まれた神様といえる。


「摂社]今宮神社
宇都志日金折命 :(うつしひかねおりのみこと)
住吉三神
天児屋根神
安曇磯良丸命をはじめとする神裔安曇諸神

安曇氏(あずみうじ)
古代日本を代表する海人族、海人部として知られる有力氏族。
安曇は海人津見(あまつみ)が転訛したものとされ、津見(つみ)は「住み」を意味する古語とする説もあり、その説だと安曇族はそのまま「海に住む人」を示す。
記紀に登場し、「日本書紀」の応神天皇の項に「海人の宗に任じられた」と記され、「古事記」では「阿曇連はその綿津見神の子、宇都志日金柝命の子孫なり」と記されている。
志賀海神社の鳥居
志賀海神社の山門
志賀海神社の建物その他
ちはやぶる
鐘(かね)の岬(みさき)を
過ぎぬとも
我れは忘れじ
志賀(しか)の皇神(すめかみ)

意味: 荒れ狂う鐘ケ崎(鐘崎)を過ぎても、私は忘れません、(海の神である)志賀(しか)の神を。
志賀海神社の本殿
本殿
志賀海神社
志賀海神社の末社
摂社
今宮神社

すてき

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