ふくおかけんごこくじんじゃ
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楽しみ方福岡縣護國神社のお参りの記録一覧
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福岡天神近くの舞鶴公園すぐ南に鎮座。
舞鶴公園には福岡城跡があり、桜がとてもきれいなところなのでゆっくり散策したいところでしたが、予定が詰まっていたため断念。
護國神社さんはどうしても参拝したかったため、朝7時にホテルを出てバスに乗っての参拝でしたが、バスは本数が多くてとても便利なところでした。
早朝ということもあり、境内はとても静かで参拝される方も通勤途中のサラリーマンが鳥居のところで一礼されるのみでしたので、広い境内にほぼ私一人という状態でした。
福岡の中心的な位置なのにまわりは木々に覆われ、とても落ち着くところでした。
早朝だったので御朱印がいただけなかったのが唯一の心残りですかね😅
<御由緒>
明治元年5月、明治天皇の御意向により県内の旧藩主等が明治維新で国難に殉じた人々を慰霊顕彰するため、招魂社を創建。県内五社(福岡・山川・柳川・八景山・田川)の招魂社(後の護国神社)を合祀し、昭和18年4月、この地に「福岡県護国神社」が御鎮座されました。昭和20年6月の戦災により大鳥居、狛犬、石灯籠を残し御社殿は焼失しましたが、昭和38年5月に県民の至誠により再建されました。
~「福岡の杜」HPより転記させていただきました~

【全國護國神社巡り】
福岡県護国神社(ふくおかけん・ごこく~)は、福岡県福岡市中央区六本松にある神社。旧指定護国神社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は明治維新から大東亜戦争までの国難に殉じた福岡県関係の戦没者13万柱。
明治元年(1868年)、福岡藩主・黒田長知が戊辰戦争に殉じた藩士を祀るため那珂郡堅粕村に妙見招魂社、馬出村に馬出招魂社を創建したことに始まる。1906年に馬出招魂社を妙見招魂社に合祀して妙見馬出招魂社とし、1939年に福岡招魂社と改称、翌年には福岡護国神社に改称した。この時点では、福岡県内に他に4つの護国神社(山川、柳河、八景山、田川)が存在したが、1943年に統合して現在地の福岡城址南側の練兵場跡に遷座、福岡縣護国神社に改称し、内務大臣指定護国神社となった。戦後一時社名を変更したが、1957年に元の社号に復称した。
当社は、福岡市地下鉄七隈線・六本松駅の北東500mの市街地の中にある広大な緑地帯の中にある。北側の国体道路に面した大鳥居を入り太い参道を進むと、左手(東側)に広大な境内地が広がる。福岡市の中心地にありながらも、濃い緑に囲まれているため都会の喧騒を忘れさせてくれる。大きな社殿と、社殿前の広々とした空間は、いかにも護国神社らしいもの。
今回は、旧指定護国神社であることから参拝することに。参拝時は休日の昼ごろ、ちょうど七五三のシーズンということで、家族連れ、親族連れを中心に多くの人々が訪れていた。
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東長寺の後に福岡参拝ラストは福岡縣護国神社で締めくくりました。🤗
福岡都心部の鎮守の杜です。明治維新から大東亜戦争/太平洋戦争までの国難に殉じた福岡県関係の戦没者約13万柱をお祀りし、祭神の柱数は護国神社では沖縄県護国神社に次いで2番目に多いとか。🤭
木製の大鳥居は高さ13m、柱の直径160cmのヒノキ製で、台湾から切り出され、博多港に陸揚げされ、巨木のため、当時の車での運搬は不可能だったので、学校児童の綱引きとコロ方式により運ばれたそうです。間近で見上げると確かに巨木‼️😳
参拝客も沢山いらっしゃいましたが、比較的に落ち着いた、また違う空気の中の参拝となりました。
参拝後に福岡城🏯にも足を運んで登城へ。
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