曹洞宗
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【若狭國 古刹巡り】
国分寺(こくぶんじ)は、福井県小浜市国分にある曹洞宗の寺院。山号は護国山、本尊は釈迦如来。木造薬師如来坐像は国指定の重要文化財。若狭国分寺跡は国の史跡。
奈良時代の741年に聖武天皇の命で奈良の東大寺をはじめ、全国に造られることとなった国分寺の一つ。当寺は東大寺よりも少し遅れ、奈良時代の中頃に創建された。境内の広さは二町四方(218m四方)で全国に60ヶ所ある他の国分寺に比べやや小さめで、五重塔、金堂の跡から建物の規模もこぢんまりとしている。
当初東方にあった地方豪族の氏寺の太興寺廃寺が転用されて当寺に充てられ、平安初期に現在地に新規に建立されたとされる。平安時代中期(10世紀中ごろ)に火災に遭って焼失し、鎌倉時代に再建されたが、戦国時代に焼き打ちに遭っている。かつて金堂が建っていた場所に、江戸時代前期1610年に小浜住人の山田一徳の勧進により釈迦堂が建立され、一度火災で焼失するが、1710年に再建され現在に至っている。
当寺は、JR小浜線・東小浜駅の南東1kmの、松永川と遠敷川に挟まれた平地の住宅街の中にある。幹線道路の国道27号線から100mほど北方に入ったところに、若狭国分寺跡、国分寺古墳とともにある。境内は狭くはないが、構造物は釈迦堂、薬師堂、庫裏、鐘楼のみ。庫裏には拝観受付と刻まれた巨岩があるが、少なくとも参拝時は庫裏は無人だったため、堂宇内は拝観できず。
今回は、若狭國の国分寺であること、薬師如来像が国重文であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、悪天候であることもあり、参拝者は他に見掛けなかった。

国道27号線から近づくと、すぐ右手に駐車場がある。
そばの茂みの中から、写真の<史跡 若狭国分寺跡>の石標を発見。(これじゃ、見えないかも...(^_^;))

さらに公道を北進すると、右手に境内が見えてくる。

京都府北部&福井県西部寺巡りの7寺目は、小浜市国分に在る護国山 国分寺です。
曹洞宗で、本尊は釈迦如来。
この(丈六)釈迦如来坐像は市指定文化財で、薬師如来坐像は重文、釈迦如来坐像と阿弥陀如来坐像は市指定文化財です。
奈良時代に聖武天皇の詔により全国に国分寺を建立、若狭国にも国分寺を建立するもやがて衰退。現在の国分寺は後継寺院。1611年に釈迦堂(本堂)が建立されたが大破してしまい、後の1705年頃に再建された。
また境内横に国分寺古墳(直径約50mの円墳)があり、頂きに若狭姫神社があります。
釈迦堂の裏側に駐車出来るスペースがありましたので停めました。寺号柱の正面の立派な建物の前に「拝観受付 若狭国分寺」と刻まれた石が置かれていましたので、そちらへ行って拝観料(400円)を支払い、併せて御朱印をお願いしました。すらすらと御朱印を書いて頂き、早速、釈迦堂に案内頂きました。釈迦堂は奈良時代の国分寺の金堂の跡地の上に建てられていて、当時の金堂より一回り小さい建物になっています。堂内に入るとでーんと丈六の釈迦如来(市指定文化財)。高さが3.18mあり、まさに大仏、福井県下最大。体部は鎌倉時代で頭部は江戸時代の作と推定されています。そのせいなのか何か頭でっかちに感じます。
道路を挟んだ左側には薬師堂があります。こちらには薬師如来、釈迦如来、阿弥陀如来の三尊が祀られています。近くから観る事が出来ますが、盗難防止のためか金網越しとなります。
中尊は薬師如来坐像(重文)、高さ約80cm、鎌倉時代初期の作、素地仕上げでふくよかな体躯、美しい仏像です。国分尼寺の本尊として祀られていた様ですが、それ以前の国分寺の旧像と考えられています。薬師如来の左側には釈迦如来坐像(市指定文化財)、高さ約86cm、鎌倉時代前期の作、近隣の廃寺から遷されたと思われます。右側には阿弥陀如来坐像(市指定文化財)、高さ約86cm、鎌倉時代前期の作、こちらも近隣の廃寺から遷されたと思われます。
境内には中門跡や塔跡(五重塔か?)がありました。
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