えいようじ|浄土宗|泰昌山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
栄養寺について
栄養学の父佐伯矩
幼少期を現在の伊予市で過ごした佐伯矩は世界に先駆け栄養学を創始した人物。
栄養寺には佐伯矩博士揮毫の「栄養」と書かれた顕彰碑が建てられています。
おすすめの投稿

伊予市灘町にある浄土宗のお寺。
江戸時代に創建されたお寺です。
「栄養」というお寺としてはちょっと変わった寺号。
実は現在使われている日本語の「栄養」の元になったのでは?と考えられています。
愛媛県出身で世界に先駆け栄養研究所や栄養学校を作った栄養学の創始者である佐伯矩。
佐伯はそれまで使われていた「営養」という言葉を健康増進の意味を込め「栄養」に統一するべきと提言した人物でもあります。
佐伯は幼い頃から本郡村(現在の伊予市)で暮らし家から約15キロ離れた当時の松山中学校へ登校する際に栄養寺の前を通っていたそうで、もしかしたら栄養という言葉はこのお寺から着想を得たのかもしれません。
境内には佐伯矩の顕彰碑が建てられていて書かれている「栄養」の揮毫は佐伯本人の字です。
御朱印は書いていないとの事でした。
もっと読む境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
栄養寺は伊予市灘町の開拓を行った宮内九右衛門、清兵衛兄弟ら宮内家の菩提寺です。大阪の陣から難を逃れ、伊予の国の各地を転々としていた豊臣秀頼の子・苦厭上人を招き、寛永14年(1637年)開山されました。「栄養寺」という寺号は他に類がなく、「栄養」という言葉が使われた最も古いものであるといわれています。
栄養学の創始者・佐伯矩(ただす)博士は幼少期を伊予市で過ごし、この栄養寺にもよく立ち寄っていました。以前は「えいよう」を、「営養」(食を営めば生命が養われるという意味の『営食養生』を略したもの)と表していましたが、「食を栄えさせ栄養を摂れば国民の体格も向上する」という考えから、「栄養」のほうが適切であると佐伯博士が文部省に進言し、大正9年(1920年)から「栄養」の文字が公用語となりました。
栄養寺の基本情報
| 名称 | 栄養寺 |
|---|---|
| 読み方 | えいようじ |
| 電話番号 | 089-982-0813 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://iyokankou.jp/spot/spot-442/ |
詳細情報
| ご本尊 | 阿弥陀如来立像 |
|---|---|
| 山号 | 泰昌山 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗 |
| 創建時代 | 1637年(寛永14年) |
| 開山・開基 | 苦厭上人 |
| 文化財 | 山門(伊予市景観重要建築物) |
| ご由緒 | 栄養寺は伊予市灘町の開拓を行った宮内九右衛門、清兵衛兄弟ら宮内家の菩提寺です。大阪の陣から難を逃れ、伊予の国の各地を転々としていた豊臣秀頼の子・苦厭上人を招き、寛永14年(1637年)開山されました。「栄養寺」という寺号は他に類がなく、「栄養」という言葉が使われた最も古いものであるといわれています。
|
| 供養 |
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



















