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えいようじ|浄土宗泰昌山

栄養寺の御由緒・歴史
愛媛県 郡中港駅

ご本尊阿弥陀如来立像
創建時代1637年(寛永14年)
開山・開基苦厭上人
ご由緒

栄養寺は伊予市灘町の開拓を行った宮内九右衛門、清兵衛兄弟ら宮内家の菩提寺です。大阪の陣から難を逃れ、伊予の国の各地を転々としていた豊臣秀頼の子・苦厭上人を招き、寛永14年(1637年)開山されました。「栄養寺」という寺号は他に類がなく、「栄養」という言葉が使われた最も古いものであるといわれています。
栄養学の創始者・佐伯矩(ただす)博士は幼少期を伊予市で過ごし、この栄養寺にもよく立ち寄っていました。以前は「えいよう」を、「営養」(食を営めば生命が養われるという意味の『営食養生』を略したもの)と表していましたが、「食を栄えさせ栄養を摂れば国民の体格も向上する」という考えから、「栄養」のほうが適切であると佐伯博士が文部省に進言し、大正9年(1920年)から「栄養」の文字が公用語となりました。

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