いさにわじんじゃ
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伊佐爾波神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年02月07日(水)
参拝:2023年12月吉日
道後温泉からほど近い高台に鎮座する千年以上の歴史がある神社になります。
道後温泉から歩いてお参りしようとすると135段の石段が待ち構えています。
でも足の不自由な方やご高齢の方は、境内のすぐ東側に駐車場があり、そこからなら階段はありませんのでお参りしやすいかと思います。
石段を登るとまず正面に立派な朱色の楼門が目に飛び込んできます。
京都の石清水八幡宮を模して建てられたと言われているそうです。
この楼門から左右に本殿を囲むように回廊が繋がっていて、奉納絵馬などが掲げられていました。
中には「四十七士像」の絵馬もあり、なかなか興味深かったです。
そして本殿は京都の石清水八幡宮、大分の宇佐神宮とともに日本三大八幡造りとされています。
本殿の支柱には金箔が貼られていて、とても煌びやかな印象でした。
<御祭神>
神功皇后 応神天皇 仲哀天皇 三柱姫大神
<御由緒>
創建は詳細不明となっていますが、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に行幸の際にの行宮跡に建立したとされています。
湯月八幡宮と呼ばれていた時期もあったようです。
現在の社殿は、松山藩主三代目・松平定長が寛文2年(1662年)に江戸城で流鏑馬を命じられ、射損じがあってはならないと湯月八幡宮に「金的を射させてください」と祈願。
見事に金的に命中したため、そのお礼として石清水八幡宮と同じ八幡造りの社殿を建立したとのこと。
道後温泉から歩いてお参りしようとすると135段の石段が待ち構えています。
でも足の不自由な方やご高齢の方は、境内のすぐ東側に駐車場があり、そこからなら階段はありませんのでお参りしやすいかと思います。
石段を登るとまず正面に立派な朱色の楼門が目に飛び込んできます。
京都の石清水八幡宮を模して建てられたと言われているそうです。
この楼門から左右に本殿を囲むように回廊が繋がっていて、奉納絵馬などが掲げられていました。
中には「四十七士像」の絵馬もあり、なかなか興味深かったです。
そして本殿は京都の石清水八幡宮、大分の宇佐神宮とともに日本三大八幡造りとされています。
本殿の支柱には金箔が貼られていて、とても煌びやかな印象でした。
<御祭神>
神功皇后 応神天皇 仲哀天皇 三柱姫大神
<御由緒>
創建は詳細不明となっていますが、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に行幸の際にの行宮跡に建立したとされています。
湯月八幡宮と呼ばれていた時期もあったようです。
現在の社殿は、松山藩主三代目・松平定長が寛文2年(1662年)に江戸城で流鏑馬を命じられ、射損じがあってはならないと湯月八幡宮に「金的を射させてください」と祈願。
見事に金的に命中したため、そのお礼として石清水八幡宮と同じ八幡造りの社殿を建立したとのこと。
大鳥居
ここから参道石段までは緩やかな上り坂となっており、伊佐爾波坂と呼ばれているようです
ここから参道石段までは緩やかな上り坂となっており、伊佐爾波坂と呼ばれているようです
石段手前まで来ました!
約50mちょっと、135段の石段が続きます
約50mちょっと、135段の石段が続きます
石段前にある手水鉢。
石段を登った境内にも手水舎があります。
石段を登った境内にも手水舎があります。
楼門(国指定重要文化財)
本殿(国指定重要文化財)
拝殿の南側 常盤新田霊社
拝殿の北側 高良玉垂社
参道の石段途中にある素鵞社
右:「敬天愛人」岸信介敬書
左:「旭日双鶴図」
左:「旭日双鶴図」
騎馬武者像
四十七士像
境内から西方向の見晴らし
中央やや左、遠くに見えているのは松山城かな?
中央やや左、遠くに見えているのは松山城かな?
すてき
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