なりたさんしんしょうじ|真言宗智山派
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楽しみ方成田山新勝寺のお参りの記録一覧
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全国第一位の参拝者を誇ったこともあるという真言宗寺院、成田山新勝寺に参りました。
成田参拝などで、江戸時代の庶民に親しまれたお寺です。
境内がかなり広く、また、見どころが沢山あり非常にわくわくし、また、建築や装飾のディテールが本当に魅力的でした。詳細は画像のとおりです。
特に釈迦堂は、重要文化財にも認定されていますが、木彫りの彫刻に感嘆しました!
神田明神とは歴史的に因縁とあるようで、更新している今少々複雑な気持ちです。。

御護摩祈祷を行う中心道場である大本堂です。堂内の御本尊不動明王は、向かって右に矜羯羅童子、左に制咤迦童子を従えています。また、四大明王や平成大曼荼羅などが奉安されています。堂内に入ることもできます。

仁王門。門の左右に密迹金剛、那羅延金剛の二尊が奉安されています。







新勝寺は、千葉県成田市にある真言宗智山派の大本山の寺院。山号は成田山、院号は金剛王院。正式名称は成田山金剛王院神護新勝寺。本尊は不動明王(国宝)。関東三十六不動霊場36番札所。初詣の参拝者数が全国トップクラスであることで有名で、明治神宮に次いで全国第2位となっている(つまり寺院では全国第1位)。伽藍の光明堂、釈迦堂、三重塔、仁王門、額堂が国指定の重要文化財となっている。
創建は平安時代中期の940年、開山の寛朝僧正が朱雀天皇の密勅を受け、平将門の乱の平定祈願のため、京の神護寺護摩堂に安置されていた空海作の不動明王像を下総国公津ヶ原に移送し、朝敵調伏の不動護摩供を奉修したことに始まる。その後、平将門は戦死するが、朱雀天皇は東国鎮護の霊場として神護新勝寺の寺号を下賜し、併せて「天国宝剣」を下賜した。その後、源頼義、源頼朝、千葉篤胤などの関東有力武将に崇敬されたが、戦国時代には衰退した。
江戸時代に入り、伽藍が再建・整備されると、江戸庶民に人気を博した歌舞伎の初代市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことや、江戸から近いこともあって庶民の間で成田山信仰、不動尊信仰が広まった。江戸時代を通じて、成田山の不動明王は12回の江戸出開帳が行われた。明治時代以降、太平洋戦争終戦時まで、当寺はお札「身代り札」を通じて軍人から深く信仰された。
当寺は、JR成田線・成田駅、京成本線・京成成田駅の北北東1kmほどの小高い場所にある。駅から境内までは、今での活気のある門前町になっていて、人気の鰻屋などの飲食店や漬物屋などの土産物屋がずらっと並んでいる。境内は広大で、大きな伽藍が点在し、一通り見て廻るにもかなり時間を要する。また、加持祈祷をする参拝者が多いのも特徴的で、特に週末は平時でも混み合っている。
今回は、初詣には来たことがあっても平時に来たことがなかったので参拝してみることに。参拝時はコロナ緊急事態宣言明けの週末で、門前町、境内ともに、多くの人々が参拝に訪れていた。
※今回は自分単独ではなく家族で参拝したため、寺社仏閣ヲタクは封印し、写真少なめ...(^_^;)
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