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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※八剱八幡神社ではいただけません

やつるぎはちまんじんじゃ

八剱八幡神社

千葉県 木更津駅

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0438-23-8881

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

おすすめの投稿

サンダー
2022年09月04日(日)
1014投稿

千葉内房神社巡り④初めての木更津。私の中ではちょくちょく目にする地名ですが、神社巡りをしてなかったら来ることはなかっただろう。創建が鎌倉時代初期とされているが、頼朝が石橋山の戦いの後、房総に逃れ木更津を通過する際に立ち寄ったとされています。少々時代が前後していてつじつまが合わないような・・・
こちらは月替りの御朱印が人気だそうで多くの参拝者が訪れます。私は通常の御朱印を書き入れていただきました。密かに木更津名産のアサリをもチームにしたおみくじを楽しみにしていましたが、ありませんでした。在庫切れなのかやめてしまったのかは不明。西陽が強く当たる時間になってきて汗をかきながらの参拝でしたが、もう少し付近を散策したかった。

八剱八幡神社(千葉県)

鳥居

八剱八幡神社(千葉県)

境内社 祖神社(そじんじゃ)土蔵造りの社殿になっています。
御祭神は屋船久久能知神・屋船豊受姫神・手置帆負神・彦狭知神

八剱八幡神社(千葉県)

嶺田楓江(みねだふうこう)寿碑

八剱八幡神社の建物その他

参道

八剱八幡神社(千葉県)

境内社鳥居

八剱八幡神社(千葉県)

境内社 三社神社
(御嶽神社 御祭神 国常立尊、大己貴命、少彦名命)
(三峰神社 御祭神 伊弉諾尊、伊弉冉尊)
(稲荷神社)

八剱八幡神社(千葉県)

社殿は精巧な彫り物が施されています

八剱八幡神社(千葉県)

境内社

八剱八幡神社(千葉県)

拝殿

八剱八幡神社(千葉県)

扁額

八剱八幡神社(千葉県)

拝殿屋根の狛犬

八剱八幡神社(千葉県)

木鼻

八剱八幡神社(千葉県)

鳳凰

八剱八幡神社(千葉県)

八剱八幡神社(千葉県)

本殿

八剱八幡神社(千葉県)

狛犬

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

手水舎

八剱八幡神社(千葉県)

神池には鯉が泳いでおり、奥には水神宮が祀られています

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

御神水 地下110メートルから汲み上げています

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

文政八年(1825)奉納の狛犬

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

源頼朝お手植えの蘇鉄 森家に伝わる蘇鉄を奉納されたもの
頼朝は木更津通貨の際に立ち寄り戦勝祈願をされたと伝わっています

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

狛犬

八剱八幡神社(千葉県)八剱八幡神社(千葉県)

表忠碑

八剱八幡神社(千葉県)

神輿殿

八剱八幡神社(千葉県)

反射してよく見えませんが神輿

八剱八幡神社(千葉県)

社殿より立派な参集殿

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歴史

社伝によると往昔このあたり一帯の地を八剱の里と呼び、この里の神を八剱の神と称え、この神に仕えるはふりを八剱と申した。
人皇第12代景行天皇の40年、日本武尊御東征の折り、相模国(神奈川県)より此の地に渡らんとするとき、浦賀沖で暴風雨に遭遇し御船が転覆寸前となった。そのとき妃橘姫が海の神の怒りを静めようとして、尊の身代わりとなって御入水あそばれた。そのことにより、尊は無事に此の地にお着きになりましたが、姫の死を悼んでしばらく当社にご滞留になり、此の地を去ることをなさらなかったので、「君去らず」と呼ぶようになり、なまって現在の「木更津」になったと伝えられる。
源頼朝鎌倉幕府開幕に当たり、神領を寄進して社殿を造営する。
天正19年徳川家康公社領3石2斗を寄進せられ、御朱印の証を授与される。慶長17年大阪冬の陣が起こると木更津より多くの船頭が召出されて、向井忠勝、小浜光隆軍のもとで目覚しい働きをした。これも八剱八幡神社の霊験加護のたまものであるとして、特に当社の宮司らを駿府城内に招き、銅鳥1隻と銀子を贈り神恩に感謝した。
宝暦2年に木更津の大火に依り社殿焼失。安永2年に現社殿を再建。寛政9年に社殿修理を加える。大正3年に社殿の大改修をする。また、明治4年には郷社に列せられる。昭和55年の社殿改修に際しては、格天井装飾画(162枚)も復元され、現在は厄除・交通安全・初宮詣・七五三詣・商売繁盛・合格祈願・学業成就等の守護神として鎮座する。

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八剱八幡神社の基本情報

住所千葉県木更津市富士見1丁目6−15
行き方

JR内房線木更津駅下車西口徒歩3分
館山自動車道 木更津北IC木更津市街方面2キロ、木更津南IC木更津市街方面2キロ

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名称八剱八幡神社
読み方やつるぎはちまんじんじゃ
参拝時間

8:00〜17:00

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0438-23-8881
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.yaturugi.net/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神誉田別命(應神天皇)、素盞嗚命、日本武尊、息長足姫命(神功皇后)、足仲彦命(仲哀天皇)
文化財

徳川家康公寄進の銅鳥(指定文化財)
格天井装飾画(指定文化財)
五大力船(ごだいりきせん)絵馬(指定文化財)
嶺田楓江(みねだふうこう)寿碑(指定文化財)
平田篤胤短冊
平田篤胤書翰
大日本國東海道上總州圖
応永17年(1410)11月8日奉納の鐘(梵鐘銘の拓本)
永禄8年(1565)小弓城主・原上總介胤貞書翰
安永2年(1772)社殿再建の上棟の御槌(きづち)
寛政2年(1790)境界杭まで書かれた境内図

ご由緒

社伝によると往昔このあたり一帯の地を八剱の里と呼び、この里の神を八剱の神と称え、この神に仕えるはふりを八剱と申した。
人皇第12代景行天皇の40年、日本武尊御東征の折り、相模国(神奈川県)より此の地に渡らんとするとき、浦賀沖で暴風雨に遭遇し御船が転覆寸前となった。そのとき妃橘姫が海の神の怒りを静めようとして、尊の身代わりとなって御入水あそばれた。そのことにより、尊は無事に此の地にお着きになりましたが、姫の死を悼んでしばらく当社にご滞留になり、此の地を去ることをなさらなかったので、「君去らず」と呼ぶようになり、なまって現在の「木更津」になったと伝えられる。
源頼朝鎌倉幕府開幕に当たり、神領を寄進して社殿を造営する。
天正19年徳川家康公社領3石2斗を寄進せられ、御朱印の証を授与される。慶長17年大阪冬の陣が起こると木更津より多くの船頭が召出されて、向井忠勝、小浜光隆軍のもとで目覚しい働きをした。これも八剱八幡神社の霊験加護のたまものであるとして、特に当社の宮司らを駿府城内に招き、銅鳥1隻と銀子を贈り神恩に感謝した。
宝暦2年に木更津の大火に依り社殿焼失。安永2年に現社殿を再建。寛政9年に社殿修理を加える。大正3年に社殿の大改修をする。また、明治4年には郷社に列せられる。昭和55年の社殿改修に際しては、格天井装飾画(162枚)も復元され、現在は厄除・交通安全・初宮詣・七五三詣・商売繁盛・合格祈願・学業成就等の守護神として鎮座する。

Wikipediaからの引用

概要
八剱八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)は、千葉県木更津市富士見一丁目にある神社(八幡神社)。旧社格は郷社。
歴史
由緒[編集] 創建年代については不詳であるが、古くからある神社であり、源頼朝も社殿を寄進したという。神社には村上義清からの書状が残されている。
引用元情報八剱八幡神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%85%AB%E5%89%B1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=87753138

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