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楽しみ方前原御嶽神社のお参りの記録一覧
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千葉県船橋市、京成松戸線前原駅近くの前原御嶽神社さんにお詣りしました。
いつもお世話になっております。
■御祭神
スサノオさま(素戔鳴尊)。
しかし起源は蔵王権現信仰で、今でも蔵王像が県有形文化財に指定されています。
1673年(延宝元年)の開村のとき、当時の開拓民の生活は非常に苦しいものであったことから、大峰山から蔵王権現(ザオウゴンゲン)様を奉遷し、守護神・精神的シンボルとして鎮座していただいたとのこと。木造蔵王権現三尊立像の中尊に関しては平安後期~鎌倉前期の時代までさかのぼると船橋市に紹介されています。
https://www.city.funabashi.lg.jp/gakushu/0005/p008845.html
■ご参拝
国道296号線沿い、二宮小学校の脇から入ります。小学校の敷地をぐるりと回る格好で参道が続いているので、鳥居をくぐってから社殿まで少し歩きます。春は桜がきれいに咲きます。
手水舎はきれいで、いつも水が溜まっています。ちゃんと手を清められる手水舎です。
お昼の時間は神楽らしい音が社殿から聞こえてきます。社務所では月替わりの御朱印を授かることができます。
大祓、夏詣、七五三詣など、時節のイベントも活発です。
■社名と蔵王さま
前原御嶽神社の「御嶽(ミタケ)」とは尊いおやまのことです。「『御嶽神社』といえば御祭神はこの神さま!」といったものではなく、霊山信仰・修験道系の神社さんを表していると考えた方がいいらしいです。もともとは奈良県吉野の金峯山のみを指していたらしいですけれども、「木曾御嶽」といった別系統のミタケもございます。
そんなややこしい事情がある「御嶽神社」さんですが、こちらの前原御嶽神社さんは吉野・大峰山→金峯山修験→蔵王権現という、ご由緒的にはオーソドックス系の御嶽神社さんです。
さて、ではこの蔵王権現さまとはどんなおかたなのか。
役小角さんが呼んだチョーすごい神さまです。
役小角さんが金峯山で修業しお祈りする。お釈迦さま、観音さま、弥勒さまがお出ましになる。しかし役小角さんは「三仏のお姿がお優しすぎる、この荒れた世のためにはもっと強烈なお姿を」と満足しない。再度祈る。すると天地鳴動し岩が割れ蔵王権現さまがお出ましになる。
そういうわけなので、上で「神さま」と書きましたが本当は蔵王権現さまが神さまなのか仏さまなのかわからないです。なんなら神さまとか仏さまとかいった区別を超越した神仏習合を前提とした概念のような気がします。以上を踏まえて、一般人たる私としてはやはり「チョーすごい神さま」という捉え方がしっくりきます。砕けすぎでしたらごめんなさいをします。
■境内社:水神宮
この水神宮は興味深いです。
看板はかなり風化していて判読しきれませんが、おおよそ↓だと思います。
――――
水神宮
記
延宝年間神聖なる********
当山に水神宮を安置*******
水の神、安産(?)の神として氏子よ*****
ていましたが明治末期に******
その水*を永久に**する為昭和三年
十月一日に水神*の石碑を****
**めて昭和五十年に前原宇****
の有志により造営する。
尚、**は平成十三年三月 中台*会
前原園芸 奉納
――――
延宝年間(1673~1681ごろ)といえば、上記の通り開村が1673年すなわち延宝元年です。
また、前原新田が開かれたのが1674年の延宝2年とされています。
https://www.city.funabashi.lg.jp/shisetsu/toshokankominkan/0002/0005/0002/p012844.html
当時の開拓民の生活は非常に苦しいものであった。そんなときに清水が湧いていた。村づくりに水は必要不可欠。我らが暮らせるのはこの水のおかげだ。この水には神さまが宿っている。水神さまをお祀りしよう。
――推測ではありますが、水神宮の成り立ちとしては自然です。
時代が下り、明治末期に水が枯れてしまった様子。しかし水神さまの信仰はなお残った。石碑を残して水神さまの記憶を後の世代に引き継ぎ、平成になっても社を整備している。素朴な信仰が今でも残っているというあり方が大変面白いです。
さらには神社さんそのものも、水神宮の大神様の水徳に感謝をするお祭り「水まつり」を7月に行っているようです。
■境内社:道祖神
鳥居をくぐって少し進んだ参道左わきにぽつんとたたずむ道祖神さまがいらっしゃいます。
例えば船橋本町には道祖神社という形で旧道の分かれ目にサルタヒコさまを祀る立派な社殿がございました。
いっぽうこちらは原初的な道祖神に近い、道の傍らにひっそりといらっしゃる道祖神さまです。
とはいえ注連縄はきれいで供物らしきものもあり、誰かが気にかけていらっしゃるのでしょう。
この小祠が昔からここにあったのか、どこかから移されてきたのかはわかりません。
蔵王権現のようなスケールの大きな神さまと、水神さま・道祖神さまのような生活に寄り添った神さまとが同じ境内にいらっしゃるところに大変魅力を感じます。
■出羽三山講碑
入口すぐ左手に、出羽三山講の石碑がずらりと並んでいます。
津田沼駅近くの八坂神社にも1基だけ発見しましたが、こちらの神社にはたくさんあります。前原~津田沼エリア一帯に三山信仰が広がっていたことを想像させます。
出羽三山とは山形の霊山です。当時蔵王権現をお祀りしていた=修験・山岳信仰という共通点があったこちらの神社と相性がよかったのかもしれません。
しかもこの石碑群、似たような形が並んでいます。つまりある程度連続的に作られてきたことを示すと考えられます。複数の三山信仰グループがあったのか、世代をまたいで作り続けたのか。いずれにせよ、濃厚な三山信仰が根付いていたようです。
なお、津田沼八坂神社のほうは「出羽・月山・湯殿」でしたが、こちらは「羽黒・月山・湯殿(山)」だったりするものが含まれています。当時の三山の呼び方がそのまま石碑に残っているのでしょう。
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