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楽しみ方稲毛浅間神社のお参りの記録一覧
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岩井神社様から北上して、千葉市へ。千葉市稲毛区に鎮座する稲毛浅間神社様へあがらせていただきました。こちらは猿田彦命、木花咲耶姫命、瓊々杵尊の三柱を御祭神としてお祀りしております。創建は大同三年(808)に平城天皇の御代に富士山本宮浅間大社の御分霊をこの地に奉斎したのがその始まりと伝えられています。治承四年(1180)には源頼朝が御幣物を捧げて武運長久を祈ったといわれています。さらに千葉常胤以来、千葉氏の累代から厚い崇敬を受けたと古記録には伝えられています。昭和三十九年には社殿が焼失してしまいますが、昭和四十一年には再建され、現在に至っています。
本殿へと向かう参道には梅が咲いていて、春の訪れを感じる今回の千葉巡りでした。




千葉県千葉市稲毛区稲毛に鎮座。
正式名称は「浅間神社」であるが、他との区別のため、「稲毛浅間神社」と呼ばれる。
大同3年(808)、富士山本宮浅間大社から勧請したのが始まりとされる。
治承4年(1180)に源頼朝が東六郎胤頼を使者として御幣物を寄進して武運長久を祈願したのをはじめ、千葉常胤をはじめ、代々千葉氏の信仰が篤かった。
文治3年(1187)の社殿再建に際し、富士山の形に土盛りし、参道も富士登山道に倣って三方に設け、社殿は東京湾を隔てて富士山と向かい合うよう建立された。
昭和39年(1964)、火災により文治3年再建の社殿が焼失したが、昭和41年(1966)に再建され、これが現社殿である。
平成26年(2015)10月、稲毛浅間神社再建50周年を記念し、神門が建立された。


先日、京急夏詣2025にて川崎の稲毛神社へ参拝したのですが、その際に「そういえば千葉の稲毛では浅間神社が有名だよなぁ…そういえば、まだ一度も参拝したことが無かったなぁ(^^;」と思ったことがきっかけで、この度「稲毛浅間神社」へ初めて参拝にお伺いいたしました。
稲毛浅間神社へは、初詣の時期には毎年30万人ほどの参拝者が訪れるらしいのですが…私自身は小さいころから成田山新勝寺一択でしたので、これまで参拝に訪れる機会が無くぅ…
「浅間神社」なので、社殿は富士山を正面に望むように建てられているとのこと…ですが、今は建物に隠れて見えなくなってしまったのだとか。
境内はけっこう広く、また社殿が富士山を見立てて造成した丘の上に建てられているらしいので、国道14号の駐車場を利用した場合、東京湾の海岸線に近いところに鎮座している神社への参拝の割には、意外にもそこそこ坂や石段を登ったりします(笑)
そして、拝殿の前が広々としていたのも結構印象的でした。
拝殿への参拝の後に御朱印帳への書入れにて御朱印を頂戴し、そのあとは境内をぐるっと一回りして境内社を見て回って、本日の参拝は終了。
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(2025年3月の参拝です)
稲毛浅間神社に参拝し御朱印を頂きました。
千葉市稲毛区稲毛に鎮座します。
一の鳥居は千葉街道を挟んだ向かい側に鳥居があります。
北側にも鳥居があり、2,3か所から境内には入れそうです。
神門は稲毛浅間神社再建50周年を記念して建立されました。
手水舎は階段の下にある珍しいタイプです。
ご祭神は木花咲耶姫命・瓊々杵命・猿田彦命です。
創建は大同3年(808年)、富士山本宮浅間大社から勧請したのに始まるとされている。
治承4年(1180年)に源頼朝が東六郎胤頼を使者として御幣物を寄進して武運長久を祈願したのを始め、千葉常胤以来、代々千葉氏の信仰が篤かったことが古記録などから窺える。
文治3年(1187年)の社殿再建に際して、富士山の形に土盛りし、参道も富士登山道にならい、三方に設け、社殿は東京湾を隔てて富士山と向かい合って建立された。
江戸時代には境内が東西400間(約720メートル)に及んでいたが、
明治維新に際し現在の社地(6,400坪)を残して上地された。
浅間神社は県指定無形民俗文化財に指定されています。
境内社がたくさんあり、
稲荷神社(御祭神は宇迦之御魂神)
大宮神社(御祭神は大山祇神)
八坂神社(ご祭神は須佐之男命)
神明社 三峰神社
本殿裏にも境内社があり
厳島神社(御祭神は市杵島姫命)
小御嶽社(ご祭神は磐長姫命)
と鎮座されていました。
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