みやぎじんじゃ
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三八城神社について
三八城神社(みやぎじんじゃ)は、青森県八戸市内丸にある三八城公園内にある神社。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。
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青森県八戸市内丸にある三八城公園内に鎮座する神社。
創建は元禄2年(1689)、八戸藩2代藩主南部直政が八戸城内に甲斐源氏の祖とされる新羅三郎義光の分霊を勧請したのが始まりと伝わる。
当時は「新羅宮」と称していた。
明治維新後に八戸城が廃城となり、社殿も城外へ移された。その際、社殿が造営され、同じく八戸城の鎮守社で城内に祀られていた「神明社」と南部家の祖とされる南部光行と八戸藩の藩祖南部直房の分霊を合祀し「祖霊社」に社号を改めた。
明治7年(1874)に再度八戸城内の本丸へ遷座、社号も三戸郡の「三」、八戸城の「八」、「城」に因み「三八城神社」と改め、明治11年(1878)に正式に神社となった。
現在の社殿は大正15年(1926)に造営されたものである。
また、三八城神社境内は義経北行伝説地の1つであり「弁慶石」が安置されている。
名称 | 三八城神社 |
---|---|
読み方 | みやぎじんじゃ |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
御朱印帳 | なし |
詳細情報
ご祭神 | 八戸藩初代藩主・南部直房 甲斐源氏の祖新羅三郎義光 南部氏の祖である南部光行 |
---|---|
創建時代 | 1878年(明治11年) |
ご由緒 | 三八城神社のある八戸市内丸は、藩政時代には八戸城の本丸と二の丸のあったところである。そのうち現在の三八城公園が八戸城の本丸の跡である。1871年(明治4年)の廃藩置県で城内の建物が取り壊され、神社はその跡に建てられたものである。1878年(明治11年)に創立の許可を得て、旧藩士達から灯篭、手洗い、獅子、その他の供え物が献納され、この年の8月10日から17日まで正遷宮の儀式が執行された。 |
体験 | おみくじ御朱印伝説 |
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