おくふじいずもじんじゃ
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楽しみ方奥富士出雲神社のお参りの記録一覧
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青森県 弘前市 百沢寺沢 境内を構える、奥富士出雲神社、青森県 弘前市 の 岩木山神社 境内(参道脇)に鎮座する神社、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、気持ちの良い対応をして下さる、神社様でした、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました、御祭神は 顕国魂神(大国主神)
百年記念碑では
抑奥富士出雲神社 の 創起は 祖父寿海大人命 明治6年 百沢寺 住職にてありしとき、明治天皇の維新更始の盛世に感激「神仏判然令」に遵ひ断然廃寺の願書を上申して之を廃し、而して土地は神社の境内に編入、樓門外高堂大廈悉神社の用に供すべき様願立、更に宝器什物等神器に成る可きは神社に寄付し、斯くして岩木山神社の根幹を作り上げし也、次いで数十戸の檀家をして悉く神祭の式を以て祖先以来の各霊を祭祀せしむべく数年間四方奔走して招致説諭し、ここに別社として出雲大神を主神に祀り、奥富士出雲神社の始歩を印せしもの也。これらの功績を奇特とし明治12年9月岩木山神社より多田寿海に対し慰労目録に添えて如上の意を含めし褒賞状一通贈られし也。斯くて壱百年の歳月流れ出雲神社の隆昌を今日に見るに至りしは偏に信徒の陰の力によるものにして、此処に百年祭を記念し建碑するもの也。
と在りますが何の事かと言うと、
奥富士出雲神社。昭和初期に 出雲神社大社より末社として任じられ、現在は 大国主命を御祭神としますが、神仏混淆時 岩木山神社は元々は 津軽 真言五山の一寺、岩木山 百沢寺でした。住持が神仏分離の際に同寺に祀られていた 地元民の祖霊を遷して祀り葬礼を行っていました。宮司を務める 多田家は 百沢寺の十坊の一つとして 津軽為信入部以前よりこの地に住んでおり、十坊に発給された知行宛行状などの多くの文書のほか、文政12年に 岩木山神社を参拝した直後に行方不明となった弘前の豪商搗屋の子息が描いた鍾馗の画などが残されています。と言う訳で 岩木山神社の境内社では無く独立した神社です





【陸奥國 古社巡り】
奥富士出雲神社(おくふじ・いずも~)は、青森県弘前市百沢寺沢の岩木山神社の参道脇にある神社。祭神は顕国魂神(大国主神)。
創建は明治時代初めの1873年、神仏分離令により百沢寺が廃寺となり岩木山神社となる際に、百沢寺の住職が檀家の祖先の霊を祀るため出雲大神を祀ったのが始まり。したがって、岩木山神社とは摂末社の関係ではなく、別個独立した関係にあると思われる。1973年には創建百年を迎え、記念碑が境内に立てられている。
当社は、JR奥羽本線・弘前駅の西方13kmの岩木山東南麓の岩木山神社の境内にある。岩木山神社の境内南東端入口から参道を進み、一之鳥居、二之鳥居を越え、三之鳥居の手前の左側にある。境内はこぢんまりしていて、建物は社殿と社務所のみ、他には石碑がいつくか立っている。大黒像・恵比須像などが立っているので、岩木山神社とは全く違う雰囲気で面白い。
今回は、岩木山神社の境内にあるために参拝することに。参拝時は休日の午前中で、岩木山神社の参拝者の一部が参拝に訪れていた。
※当社は、ネット情報によると御朱印を領布しているが、自分はそれに気付かず拝受しなかった。
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