御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
広告非表示、毎月あなたの幸せと健康をご祈願
100年後も神社お寺を残す応援しませんか?

真言宗智山派

久渡寺
公式青森県 千年駅

おすすめの投稿

japan-welder-A-K
japan-welder-…
2026年08月03日(月)852投稿

青森県 弘前市 坂元 山元 に境内を構える、久渡寺、円山応挙作 の幽霊画、津軽三十三観音霊場 第一番札所 で有名な寺院で御朱印帳等揃える事の出来る発願寺院。正式名称は 護国山 観音院 久渡寺、当方は 道の駅全国制覇者 で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2025に 津軽八十八ヶ所霊場、津軽三十三観音霊場 他巡礼にて何度か参拝致しました、対応が慣れていてスムーズ、丁寧で親切な対応の有難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 護国山、院号は 観音院、寺号は 久渡寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 聖観世音菩薩(伝、慈覚大師円仁作)津軽三十三観音霊場 第一番札所 札所ご本尊は 聖観世音菩薩、津軽弘法大師 二十三ヶ所霊場 第六番札所、津軽八十八ヶ所霊場 第四十番札所 札所本尊は聖観世音菩薩、
久渡寺の創建は平安時代の延暦年間(782~806年)、阿闍羅山(大鰐町)に建立されたのが始まりと伝えられています(往時、阿闍羅山には3千坊と呼ばれる程多くの寺院が境内を構えていたと伝えられています)
当初は 興福寺と称していたそうですが荒廃し円知上人が小沢(弘前市小沢)に移し寺号を小沢山観音院救慶寺と改称しました。その後再び荒廃しましたが戦国時代末期には後に津軽氏を称する大浦氏から庇護され慶長年中(1596~1615年)に大浦為信が寛海和尚を招き中興開山し寺領100石を寄進し山号を護国山観音院に改めています。
江戸時代に入ると弘前藩(藩庁:弘前城)藩主の祈願所として庇護され、元和5年(1619)には2代藩主津軽信枚が別当の円知坊に寺領20石を寄進し寺号を久渡寺に改称、寛永11年(1634)には3代藩主津軽信義が寺領100石を寄進、寛永21年(1644)には同じく信義より50石が加増、さらに、寛政4年(1792)に火災で堂宇が焼失すると藩主の命で堂宇が再建されています。
寺運も隆盛し最勝院や百沢寺(現在の岩木山神社)、橋雲寺、国上寺と共に津軽真言五山に数えられました。
又、久渡寺はイタコの習俗や、オシラサマ講などの民間信仰が盛んな寺院としても知られ、例祭(5月15・16日)には津軽地方から秋田県北部の信者達が集まり桑の木で作った男女一対の木像(オシラ様)を奉納し大幣で御祓い、さらにイタコが護摩壇前で津軽三十三観音の御詠歌やオシラ祭文を唱えるという民俗風習が現在でも続けられています。
久渡寺の例祭は古式を伝える行事として貴重で、「由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの 」との選択基準を満たしている事から平成11年(1999)に名称「久渡寺のオシラ講の習俗」として国の「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」に選択されています。
歴史的建造物、寺院、仏閣、仏像、神社巡り、絶景、景色撮影、癒し処、パワースポット、日本庭園、観音霊場巡礼、諸願成就、祈願、青森県 大鰐町 弘前市 観光、御朱印集め等好きな方是非訪れて見て下さい。

久渡寺の御朱印

青森県 弘前市 坂元 山元 に境内を構える、久渡寺、円山応挙作 の幽霊画、津軽三十三観音霊場 第一番札所 で有名な寺院で御朱印帳等揃える事の出来る発願寺院。正式名称は 護国山 観音院 久渡寺、年に一度の円山応挙作 の幽霊画を拝観出来る日限定アニメ画 御朱印です

久渡寺(青森県)
もっと読む
japan-welder-A-K
japan-welder-…
2026年08月03日(月)852投稿

青森県 弘前市 坂元 山元 に境内を構える、久渡寺、円山応挙作 の幽霊画、津軽三十三観音霊場 第一番札所 で有名な寺院で御朱印帳等揃える事の出来る発願寺院。正式名称は 護国山 観音院 久渡寺、当方は 道の駅全国制覇者 で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2025に 津軽八十八ヶ所霊場、津軽三十三観音霊場 他巡礼にて何度か参拝致しました、対応が慣れていてスムーズ、丁寧で親切な対応の有難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 護国山、院号は 観音院、寺号は 久渡寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 聖観世音菩薩(伝、慈覚大師円仁作)津軽三十三観音霊場 第一番札所 札所ご本尊は 聖観世音菩薩、津軽弘法大師 二十三ヶ所霊場 第六番札所、津軽八十八ヶ所霊場 第四十番札所 札所本尊は聖観世音菩薩、
久渡寺の創建は平安時代の延暦年間(782~806年)、阿闍羅山(大鰐町)に建立されたのが始まりと伝えられています(往時、阿闍羅山には3千坊と呼ばれる程多くの寺院が境内を構えていたと伝えられています)
当初は 興福寺と称していたそうですが荒廃し円知上人が小沢(弘前市小沢)に移し寺号を小沢山観音院救慶寺と改称しました。その後再び荒廃しましたが戦国時代末期には後に津軽氏を称する大浦氏から庇護され慶長年中(1596~1615年)に大浦為信が寛海和尚を招き中興開山し寺領100石を寄進し山号を護国山観音院に改めています。
江戸時代に入ると弘前藩(藩庁:弘前城)藩主の祈願所として庇護され、元和5年(1619)には2代藩主津軽信枚が別当の円知坊に寺領20石を寄進し寺号を久渡寺に改称、寛永11年(1634)には3代藩主津軽信義が寺領100石を寄進、寛永21年(1644)には同じく信義より50石が加増、さらに、寛政4年(1792)に火災で堂宇が焼失すると藩主の命で堂宇が再建されています。
寺運も隆盛し最勝院や百沢寺(現在の岩木山神社)、橋雲寺、国上寺と共に津軽真言五山に数えられました。
又、久渡寺はイタコの習俗や、オシラサマ講などの民間信仰が盛んな寺院としても知られ、例祭(5月15・16日)には津軽地方から秋田県北部の信者達が集まり桑の木で作った男女一対の木像(オシラ様)を奉納し大幣で御祓い、さらにイタコが護摩壇前で津軽三十三観音の御詠歌やオシラ祭文を唱えるという民俗風習が現在でも続けられています。
久渡寺の例祭は古式を伝える行事として貴重で、「由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの 」との選択基準を満たしている事から平成11年(1999)に名称「久渡寺のオシラ講の習俗」として国の「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」に選択されています

久渡寺の御朱印

津軽弘法大師 二十三ヶ所霊場 第六番札所、聖観世音菩薩、御朱印です

久渡寺(青森県)
他10枚の写真を見る
もっと読む
投稿をもっと見る|
7

久渡寺の基本情報

名称久渡寺
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0172-88-1555

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

SNS

巡礼の詳細情報

津軽三十三観音霊場

第1番

ご本尊・ご祭神:聖観音

御詠歌:

補陀洛や 恵みも深き 観世音 罪も報いも 晴らす宮立

詳細情報

神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ