ほうじゅうじ|曹洞宗|呑海山
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参拝記録、詳細は後ほど。
実は、今日は線状降水帯影響で警報も出ていた(今朝方迄)ので
いつもいらっしゃる年配の参詣者も少なく、何よりもマルシェも
乾物屋さん・高野槙屋さん2店舗しか来られなかったそうです。
、、、。こう言う天候不良も重なったこととお昼近くに到着になってしまったので、ガラ〜んとしていてビックリしました。
後日、上記2点舗さんやお庫裡さん方とのお話でも出ていたことですが、
やはり早めの参拝はオススメとの事でした。
観音縁日のお接待でおうどんが供されることも知らなかったので、
当日の高速道での休憩所での朝食はハッキリ言っていらんかった訳でしたね💦
まぁこれはこれでいい経験になりました💦

直書きの御朱印、お庫裡さん担当、書きながらですが楽しいお話ししていただきまして感謝です。

参河國准四国八十八ケ所霊場(平成の御代に復刻された)の
第51番札所に該当します、赤根村で登録されています。


愛知三河の豊川市の寺巡りの2寺目は、御津町(みとちょう、以前は宝飯郡御津町)に在る呑海山 法住寺です。
曹洞宗で、本尊は大日如来。
こちら所蔵の千手観音は重文です。
毎月17日は千手観音の縁日で、この千手観音が開帳されます。出店も多数出ます。
コロナ禍のため出店を自粛しているだろうなあと思って行ってみると多くの店が出店しており、負けず劣らずの人出で驚きました。寺院の周りの各所に駐車場(無料)がありますが(計100台は停めれる?)、どこもそこそこ駐車してありました。出店されてる方に人出を聞いた所「今日はそれ程多くない、コロナ禍以前は物凄い人出で賑わっていた。」との事でした。
1508年に第11代将軍の足利義澄を開基として、その家臣が創建したと伝わります。元は神場山にあったが荒廃が酷く、領主の松平忠高?により1642年現在地に移転、忠高を中興開基とし、慶安年間(1648~1652年)に忠高が帰依した幡豆郡長円寺3世愚溪膳哲和尚を招いて寺名を法住寺と改め、その開山としたとの事です。
参道の両脇等多数駐車場がありますが、参道が始まる一番南の駐車場に停めました。参道には出店が出ています。山門をくぐって先へ行くと正面に本堂、右側に庫裏、左側手前に手水。本堂の左側に観音堂です。早速、観音堂に上がらせて頂くと御祈祷待ちの方々、手を合わせて須弥壇を見ると千手観音。距離がややあって見辛いのですが、何か違う感じ。一旦観音堂を出て、庫裏の入口(下駄箱あり)から上がって御朱印を頂きながら確認する事に。すると観音堂の須弥壇に祀られているのはレプリカというかお前立ちで、観音堂の真裏に収蔵庫があり、今日は扉が開かれているとの事でした。(良かった、確認して。)観音堂の廻廊を進んで裏側へ行くと見上げる位置に千手観音立像か祀られていました。この観音像は、元は伊勢の宇治山田の上善寺に在ったが、廃仏毀釈により村人が譲り受け、伊勢湾を渡ってこちらに安置されたものとの事です。高さ約167cm、素地仕上げ、平安時代後期の作、距離があるため細部までは観れませんがバランスの取れた綺麗な観音像でした。
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