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尾津神社(戸津)について
延喜式内社 伊勢国 桑名郡15座 尾津神社の論社のひとつ
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「あれ、あれれ、おかしいな」
「いかがなされました?」
「ないのよ、私の剣が」
「落としたか、それともどこかに置き忘れたか」
「一本松!さっき一本松のたもとで一服したときだ!よし、引き返そう!」
「なりませぬ、これから我々は東征に向かうのです。引き返すなどと縁起でも無い。」
「お前は堅物だな。帰りしなに、今一度あの一本松に寄ってみよう。剣があればよし、なければ潔くあきらめよう」
「分かり申した」
「しかしな、剣がないというのは、ちと不安だな」
「そういえば、伊勢神宮の倭姫より拝領した剣があったのでは」
「そっか!伊勢のおばちゃんからもらった、あめの・・・なんちゃらという剣があったな。それがあればいっか。ちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと帰ろう!」
・・・・・そして、杖をつきながらの東征の帰り道
「まじか!見ろ!一本松のたもとに剣が!」
「世の中には不思議な事があるものですね」
「今の気持ちを歌でしたためよう。・・・
尾張に直に向える 尾津前なる一つ松吾兄を 一つ松人に在りせば 太刀佩けましを衣着せましを 一つ松吾兄を 」
「どーいう意味で?」
「尾張に向かって立っている一本松よ、お前が人であったなら、剣を守った褒美として、この剣を腰にさげて、衣服を着せてやったのに。という意味」
「なるほど」
という、言い伝えがこの辺りの地域に残っているそうな。



延喜式内 尾津神社




旧社号標

拝殿

拝殿

本殿覆殿屋

尾津稲荷社入口

尾津稲荷社鳥居

尾津稲荷社

多度大社参拝後に立ち寄らせていただきました。
養老鉄道「多度」駅から約500mほどの多度川沿い、周辺は住宅が建ち並ぶ中に鎮座されています。
<御祭神>
倭建命
足鏡別命 稚武彦命 品陀和気命 天照大神
宇迦御魂神 火之夜芸速男神 大山津見神 水波能売神
延喜式内社で桑名郡十五座の一つに比定されているようです。
決して大きい神社というわけではありませんが、境内は木々に覆われとても静かに時が流れている印象を受けました。
境内入り口に御祭神が書かれた板があり、その最後に「倭建命御䚿」として次のように書かれていました。
『尾張に直に向える尾津前なる一つ松吾兄を一つ松
人に在りせば太刀佩けましを衣着せましを一つ松吾兄を』
倭建命が東征の際、この地に立ち寄られお休みされたときに松の木に立てかけた太刀をお忘れになったそうです。
東征の帰りにここに立ち寄ると、その太刀は松の木に立てかけたまま残されていたそうです。
それを見た倭建命は感動し、詠んだ歌となります。




拝殿


本殿
ちょうど日が射して神々しく見えました



尾津稲荷大神


延喜式内社 伊勢国 桑名郡十五座の一つ、尾津神社の論社の一つです。
駐車場が隣にあるのですが、月極っぽく、どのスペースが神社用の駐車場かわかりませんでした。
北側は多度川の堤防で対岸の柚井には延喜式内社の宇賀神社が鎮座されてます。
尾津神社には尾津稲荷があり、江戸時代のは八幡神社と呼ばれていた戸津の尾津神社
いい場所ではあるのですが、私の勘ではココ(戸津)ではないような気がしました。
論社の比定って難しいんですね。
主祭神は倭健尊です。

社号標と鳥居

ご祭神

手水舎

狛犬


拝殿

扁額

本殿

正一位尾津稲荷大明神




何かの石碑 読めません・・・
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
戸津区の氏神様 尾津神社に祀られている御祭神は倭建命、稚武彦命、足鏡別命、品陀和気之命(応神天皇)、宇賀魂神(稲荷様)、天照大神以上六柱と伝えられております。此の氏神は今から1077年前、醍醐天皇の延喜5年藤原時平が勅命を受けて、日本全国の名のある神社を調べ神社台帳に記載され(これを延喜式神名帳と言う)尾津神社はその時小社となって居り、天照大神の御子天津彦根命をお祀りした多度神社は大社でありました。尾津と言う所は倭建命が大和から御東征の時(静岡県の焼津付近)尾津崎に立ち寄られ松の木の下で食事をされ、松の木に太刀をかけて置き忘れて立ち去られましたが、その時もう一振の太刀を持って居られたのが伊勢神宮で伯母倭比売命から貰い受けた剣で、現在名古屋の熱田神宮に祀られている草薙の剣であります。その後征戦を終えられての帰途此の地に立寄られた時松の木にかけた剣が失はれず、そのままかかって居るのを御覧になって感激のあまり御歌をよまれたのが古事記にある次の歌であります。尾張に直に向える 尾津前なる一つ松吾兄を 一つ松人に在りせば 太刀佩けましを衣着せましを 一つ松吾兄を 尾津崎は斯うした歴史ある所であります。
(『三重県神社庁』ホームページより)
| 名称 | 尾津神社(戸津) |
|---|---|
| 読み方 | おずじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 《合》足鏡別命,稚武彦命,品陀和気命,天照大神,宇迦御魂神,火之夜芸速男神,大山津見神,水波能売神,《主》倭建命 |
|---|---|
| ご由緒 | 戸津区の氏神様 尾津神社に祀られている御祭神は倭建命、稚武彦命、足鏡別命、品陀和気之命(応神天皇)、宇賀魂神(稲荷様)、天照大神以上六柱と伝えられております。此の氏神は今から1077年前、醍醐天皇の延喜5年藤原時平が勅命を受けて、日本全国の名のある神社を調べ神社台帳に記載され(これを延喜式神名帳と言う)尾津神社はその時小社となって居り、天照大神の御子天津彦根命をお祀りした多度神社は大社でありました。尾津と言う所は倭建命が大和から御東征の時(静岡県の焼津付近)尾津崎に立ち寄られ松の木の下で食事をされ、松の木に太刀をかけて置き忘れて立ち去られましたが、その時もう一振の太刀を持って居られたのが伊勢神宮で伯母倭比売命から貰い受けた剣で、現在名古屋の熱田神宮に祀られている草薙の剣であります。その後征戦を終えられての帰途此の地に立寄られた時松の木にかけた剣が失はれず、そのままかかって居るのを御覧になって感激のあまり御歌をよまれたのが古事記にある次の歌であります。尾張に直に向える 尾津前なる一つ松吾兄を 一つ松人に在りせば 太刀佩けましを衣着せましを 一つ松吾兄を 尾津崎は斯うした歴史ある所であります。
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