おおつじんじゃ
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お祭りの最中(渡御)に訪ねました 昨年は人が多くて 写真を撮れずに お祭りの様子だけを投稿しましたが<(_ _)> 今年は人の少ない間にと・・境内は広く 摂社9社 末社2社あり
ゆっくり のんびり参拝🙏
神社に上がる前に お腹がすいた・・とみたらし団子と五平餅を食べたかったのですが 売り切れ状態で お参りしている間に焼いておきます ゆっくりとお参りして下さいとお店の方に言われて ということもあり ゆっくり参拝です
少し高台にあり 町の様子が見えます といっても密集している屋根が見えるだけ?
創建年代は不明ですが 平安時代初期には 祭祀が行われていたとされ 飛騨国内8社の一つという記録が残っているそうです
建武年間(1334~1336)に高原郷領主の江馬氏が諏訪大明神の分霊を勧請 社号も大津神社から諏訪大明神と改めましたが 文化元年(1804)大津神社に復帰
明治28年(1895)船津大火により焼失後 現在の地に移転しました
昭和27年(1952)金幣社の指定を受けています
参拝後のみたらし団子と五平餅 美味しかったです 神社の下を流れる 山田川をみながら
こちらもゆっくり楽しみました😊😋

【飛騨國 式内社巡り】
大津神社(おおつ~)は、岐阜県飛騨市神岡町大字船津にある神社。式内論社で、旧社格は県社。祭神は、大彦命、武渟河別命・建南方富命。
創建は不詳。『文徳天皇実録』、『日本三代実録』によると、平安時代初期には祭祀が行われていたとされる。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「飛騨國 荒城郡 大津神社 小」の論社となっており、他の論社には天満神社(高山市)がある。建武年間(1334年~1336年)に高原郷の領主・江馬氏が武神信州諏訪大明神の分霊を勧請、社号も大津神社から諏訪大明神と改称した。北飛騨は戦国時代以降、江馬氏、三木氏、金森氏に支配されたが、その後幕府領となり、江戸時代後期の国学者・田中大秀門下の考証により、社号を諏訪大明神から大津神社へと復称した。明治時代に入り、近代社格制度のもと郷社に列し、のち県社に昇格した。
当社は、JR高山本線・飛騨細江駅の東北東14km、道のり19kmの小山の裾にある。高原川沿いに発達した飛騨市中心街の北端、川の西岸にある。入口から参道を徐々に登って行くと辿り着く台状の広い場所が境内。その北西端に大きな社殿が建っていて、その他の境内社も山側にあたる北側に少し離れてずらっと建っている。あらゆる要素が旧県社としての風格を感じさせてくれる。
今回は、飛騨國の式内社、岐阜県の旧県社ということで参拝することに。参拝時は平日の午後で、自分たち以外にも数人参拝者が訪れていた。
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飛騨市神岡町にある 大津神社にお参りしました
この日は 毎年4月第4土曜日に行われる 『神岡まつり』 お参りといっても お祭りで人・人で神社内の写真が撮れませんでした😢
お祭りの行列を見ることができ 少しだけ載せましたが・・ 平安絵巻を思わせる約700人の行列
神楽 雅楽 獅子 鶏頭など 町が一丸となってのお祭りです
主祭神は 大彦命(おおひこのみこと) 武渟河別命(たけぬなかわわけのみこと)建南方富命(たけみなかたのみこと)
摂社は9社あり 鉱山の町神岡なので 鉱山神社(金山彦大神 金山姫大神)もあります
創始年代は不明 建部年間に 高原郷の領主江馬氏が諏訪大明神の分霊を勧請 社号も大津神社から諏訪大明神と改めましたが 幕府領となり約100年後の文化元年(1804)に諏訪大明神より大津神社に復帰しました
境内・文化財
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大津神社の情報
| 住所 | 岐阜県飛騨市神岡町船津1823番地の2 |
|---|---|
| 行き方 |
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