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【地元参拝】
藤内神社に続いて水戸北スマートインター近くの飯富町にある大井神社に参拝しました。こちらも延喜式内社になります。
石塚・御前山方面に行く路線バスが通る国道123号旧道に面して境内入口があり、向かい側にある集落センターに車を停めて、一の鳥居から長い階段を登って境内へ。
階段の中程に手水舎がありその奥には、意冨比弁天巽神社が鎮座していました。
階段を登りきると二の鳥居をくぐり、広い拝殿の前に出ました。まずは拝殿に参拝してから、神武殿、万歩杉、絵馬殿、位牌殿、本殿と御神木の夫婦杉と順に拝観。
賽銭箱に由緒書と神社報があったので拝受しました。
境内にはまだまだ参拝エリアがありますが、今日の参拝はここまでにして、蚊の襲撃がない別の良い時期に再度参拝する事にして、階段を降りて隣接する宮司様宅へ。
社務所で直書きの御朱印を拝受しましたが、その際に御朱印帳を神前に祀って祝詞をあげて頂き、更に御朱印に「残暑厳しき中の古社参り」のお言葉まで頂き、大変恐縮しました。本当にありがとうございました。
また私が住む地区とも色々な縁があり、色々とお話を伺うことができて、妻ともども大満足な参拝でした。

大井神社(水戸)は、茨城県水戸市にある神社。式内論社で、旧社格は村社。祭神は建借馬命(たけかしまのみこと;初代仲国造・常陸国東部の治めた国造)。木花開耶姫命を配祀。
社伝によると、第10代崇神天皇の時代に、皇子・豊城入彦命の命で建借馬命が当地に至り、長者山に館を構え、北東の当地に社を建て天照大神を祀ったのが始まり。その後、奈良時代に那賀郡の郡領・宇治部氏が建借馬命を奉斎した。平安時代927年の『延喜式神名帳』では「常陸国 那賀郡 大井神社」と記載され式内社に列している(ただし、大井神社(笠間)も式内論社)。
室町時代の応永年間(1394年~1428年)に兵火で社殿を焼失、永正年間(1504年~1521年)に再建したが、1588年に再び兵火で焼失した。江戸時代の1668年、徳川光圀の命で社殿を修復、当寺の社名は「香取大明神」であったが、寛政年間(1789年~1801年)に「大井神社」に戻した。安政年間(1854年~1859年)に徳川斉昭の命で現在の拝殿が造営された。
当社は、JR常磐線・赤塚駅の北方6kmの平地の小山上にある。クルマだと常磐道・水戸北スマートICの北西2km弱のところにある。一之鳥居から一直線の階段を上がる境内は広く、社殿周りにある古木の高さ、太さからも古社の趣を感じられる。
今回は、常陸国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、鍛錬で階段を上り下りしているご老人以外に参拝者はいなかった。
※境内は無人だが、境内の左手にある大きな民家が宮司宅で、御朱印を拝受できる。
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大井神社の基本情報
| 名称 | 大井神社 |
|---|---|
| 読み方 | おおいじんじゃ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》建借馬命,木花開耶姫命 |
|---|
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