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こばけん
こばけん
2025年12月16日(火) 16時04分28秒
1339投稿

25.12.15。JR京浜東北線「鶴見駅」東口/京急線「京急鶴見駅」西口よりバスで6分、「潮田神社前」下車徒歩3分。横浜市鶴見区潮田町3丁目の住宅街に鎮座。

御祭神 国常立命 五十猛命
    素盞嗚命 豊受比売命
    市寸島比売命 
    岐久理比売命
    誉田別命 菅原道真

創祀年 伝・景行天皇40年(110)

社格等 旧村社

例祭日 6月第1週の金・土・日

【御由緒】〜境内掲示より〜
 当社は、大正初期、京浜工業地帯の一代発展に伴い、耕地整理・区画整理による街造りのため、西潮田村の御嶽社と東潮田村の杉山社を合併し、大正9年(1920)潮田神社と改称して現在地に鎮座。

 社伝によれば、景行天皇四十年、日本武尊が東征の航海の途中、旧西潮田村の古杉老松の鬱蒼たる地に小祠を建て、国土の神「国常立尊」、「豊雲野命」、「国狭槌命」を奉斎し、征途の無事安全を祈願したことが始まりと伝えられています。
(後略)

 ゆったりした境内を持つお社です。昭和59年(1984)に造営されたと言う社殿は立派ものでした。例祭時には神輿が70基も集結する鶴見区最大のお祭りのようです。一度は見てみたいですね。

潮田神社(神奈川県)

シンプルで好きです。

潮田神社(神奈川県)

鳥居
平成5年(1993)5月建立。

潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)

社号標

潮田神社(神奈川県)

御由緒

潮田神社(神奈川県)

手水舎

潮田神社(神奈川県)

水は出ていませんでした。

潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)

参道

潮田神社(神奈川県)

狛犬(阿)
大正13年(1924)奉納。

潮田神社(神奈川県)

(吽)

潮田神社(神奈川県)

潮田神社(神奈川県)

手水盤

潮田神社(神奈川県)

拝殿

潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)

本殿

潮田神社(神奈川県)

潮田稲荷社
元は「杉山社」の境内社であった稲荷様。

潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)
潮田神社(神奈川県)

西鳥居
大正13年(1924)建立。
奉納者は大正時代から昭和の初めに潮田地区にあった「潮田牧場」の牧場主・小野玄三氏。

潮田神社(神奈川県)

神輿庫

潮田神社(神奈川県)

宣揚台

潮田神社(神奈川県)

石碑

潮田神社(神奈川県)

社務所
直書きの御朱印を拝受しました。

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🌷日向ぼっこ☀️🐇
🌷日向ぼっこ☀️🐇
2023年09月12日(火) 10時42分07秒
979投稿

🌼東漸寺(とうぜんじ)に参拝させて頂きました🙏🌸当寺院は、神奈川県横浜市鶴見区にある真言宗智山派の寺院。山号は金胎山、院号は東住院。本尊は金剛界大日如来。また不動堂には潮田不動として不動明王が祀られています。
🍁平安時代の1087年(寛治元年)に醍醐三宝院の勝覚により開基されたと伝えられている。その後、火災などで堂宇、什寶や古文書などが焼失したため沿革について不明な点があるが、江戸時代後記に編纂された『新編武蔵風土記』、地誌類、寺伝によると、東漸寺は村の中央にあり、新義真言宗に属し、古くは藥王山東壽院と号したと記されています。☘️江戸時代、本堂は八間に五間の南向きにあり、本尊は江戸初期の作である大日如来の坐像を安置していたという記録が残っている[1]。 横浜市史稿には、本堂は六間に五間、亜鉛葺、四柱造で、1923年(大正12年)9月1日の関東大震災により倒壊と記載がある。
🌺1926年(大正15年)、森岡惠寶により本堂が再建されるが第二次世界大戦により焼失。戦後、1954年(昭和29年)森岡隆宥により再建された。現在の本堂は1996年(平成8年)森岡隆冲により建立されたものです。

🍁所在地: 奈川県横浜市鶴見区潮田町3-144-2

潮田神社(神奈川県)

   御朱印 東漸寺(とうぜんじ)

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歴史

当社は、大正初期、京浜工業地帯の一代発展に伴い、耕地整理・区画整理による街造りのため、西潮田村の御嶽社と東潮田村の杉山社を合併し、大正九年、潮田神社と改称して潮田地区の中心地点である現在地に鎮座されました。社伝に依れば、景行天皇四十年、日本武尊が東夷征伐の航海の途中、旧西潮田村の古杉老松の鬱蒼たる地に小祠を建て、国土の神「国常立尊」、「豊雲野命」、「国狭槌命」を奉斎し、征途の無事安全を祈願したことが始まりと伝えられています。
中世に至り、潮田村は小田原北条氏の領地に属し、北条氏の信仰崇敬に殊に厚いものがありました。正親天皇の御世、永禄の頃太田道灌の曾孫太田新六郎康資の領地神社として、たびたび修復されたことが、東潮田村の杉山社に残る御神鏡からうかがうことができます。
また、正保年間に至り、地頭松下孫十郎が幕府の命により社殿を改築し、寛文十年、幕府社領一段四畝二十歩を寄進したことが御嶽大権現と称された西潮田村の御嶽社の棟札、鳥居等にのこされています。
由来、東のお宮、西のお宮と親しまれ、特に土地が海浜であったため、房総漁民船が大漁祈願に立ち寄るなど、潮田村及び遠近の村里沿岸一帯の鎮護となりました。

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名称

潮田神社

読み方

うしおだじんじゃ

御朱印あり
限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神《主》国常立尊,五十猛命,素盞嗚命,豊受比売命,市寸島比売命,岐久理比売命,誉田別命,菅原道真
創建時代

景行天皇四十年(110)

ご由緒

当社は、大正初期、京浜工業地帯の一代発展に伴い、耕地整理・区画整理による街造りのため、西潮田村の御嶽社と東潮田村の杉山社を合併し、大正九年、潮田神社と改称して潮田地区の中心地点である現在地に鎮座されました。社伝に依れば、景行天皇四十年、日本武尊が東夷征伐の航海の途中、旧西潮田村の古杉老松の鬱蒼たる地に小祠を建て、国土の神「国常立尊」、「豊雲野命」、「国狭槌命」を奉斎し、征途の無事安全を祈願したことが始まりと伝えられています。
中世に至り、潮田村は小田原北条氏の領地に属し、北条氏の信仰崇敬に殊に厚いものがありました。正親天皇の御世、永禄の頃太田道灌の曾孫太田新六郎康資の領地神社として、たびたび修復されたことが、東潮田村の杉山社に残る御神鏡からうかがうことができます。
また、正保年間に至り、地頭松下孫十郎が幕府の命により社殿を改築し、寛文十年、幕府社領一段四畝二十歩を寄進したことが御嶽大権現と称された西潮田村の御嶽社の棟札、鳥居等にのこされています。
由来、東のお宮、西のお宮と親しまれ、特に土地が海浜であったため、房総漁民船が大漁祈願に立ち寄るなど、潮田村及び遠近の村里沿岸一帯の鎮護となりました。

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