みょうほうじ|日蓮宗|徳栄山
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妙法寺について
県内最大級の見事な山門
初夏には境内一面に約2万本のあじさいが咲き乱れます。
善智法印と日蓮大聖人との法論、法力対決
伝説によると、善智法印が真言を唱え、空中に大きな岩をうかび上げると、大聖人が法華経、お題目を唱え、その岩をおろせなくしてしまったと伝えられます。
あっけなく、対決に敗れた善智法印はその場では大聖人に降伏をしました。
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【甲斐國 古刹巡り】
妙法寺(みょうほうじ)は、山梨県南巨摩郡富士川町小室にある日蓮宗の本山(由緒寺院)。山号は德榮山または小室山。本尊は大曼陀羅。甲斐百八霊場第九十一番。「あじさい寺」、「俳句寺」としても知られる。
寺伝によると、前身は持統天皇7年(693年)に役行者による開祖伝承を持つ真言宗寺院であった仁王山護国院金胎寺。鎌倉時代の1275年に当時住職であった善智法印が日蓮と法論して敗れ弟子になり、日蓮宗に改宗するとともに日伝と称した。戦国時代の永禄年間(1558年~1570年)には甲斐国守護・武田氏より寺領が寄進され、諸役免除を得ている。武田氏滅亡後に甲斐国を領有した織田・徳川氏や豊臣系大名からも禁制を受け、寺領も安堵されている。江戸時代には歴代将軍から朱印状を得ている。
当寺は、JR身延線・鰍沢口駅の西方3.5kmの山あいの集落の高台にある。三門から仁王門までは数百mあり、境内は広く、仁王門、本堂、祖師堂など伽藍の規模もかなり大きい。各伽藍がかなり長い木製の渡り廊下で結ばれているのも印象的。バス停のある三門近くには元旅館や元飲食店がいくつかあり、かつては観光地でもあったと思われる。
今回は、日蓮宗の本山(由緒寺院)であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、参拝者は自分たち以外にはいなかった。
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境内・文化財
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妙法寺の創建は飛鳥時代の持統天皇7年(693)、修験道の開祖とされる役行者が開いたのが始まりと伝えられています。
当初は仁王山護国院金胎寺と称し真言宗の寺院として寺運が隆盛し、東国33ヶ国の山伏の棟梁として多くの修験者を受け入れていたとされます。
鎌倉時代の文永11年(1274)、身延山久遠寺(山梨県身延町)を開いた日蓮上人が当寺を訪れ、住職の恵頂阿闍梨・善智法印と法論を交わした結果、恵頂は日蓮に帰依し名を日伝に改め真言宗から日蓮宗に改宗し、寺号を妙法寺に改称しています。
妙法寺の基本情報
| 名称 | 妙法寺 |
|---|---|
| 読み方 | みょうほうじ |
| 通称 | 小室山妙法寺 |
| 参拝にかかる時間 | 約30分 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0556-22-0034 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
巡礼の詳細情報
| 甲斐百八霊場 第91番 | 仏さま:大曼荼羅 |
|---|
詳細情報
| ご本尊 | 大曼陀羅 |
|---|---|
| 山号 | 徳栄山 |
| 宗旨・宗派 | 日蓮宗 |
| 創建時代 | 693年(持統天皇7年) |
| 開山・開基 | 開基 役行者 |
| 文化財 | 山梨県指定有形文化財 金銅金具装笈
|
| ご由緒 | 妙法寺の創建は飛鳥時代の持統天皇7年(693)、修験道の開祖とされる役行者が開いたのが始まりと伝えられています。
鎌倉時代の文永11年(1274)、身延山久遠寺(山梨県身延町)を開いた日蓮上人が当寺を訪れ、住職の恵頂阿闍梨・善智法印と法論を交わした結果、恵頂は日蓮に帰依し名を日伝に改め真言宗から日蓮宗に改宗し、寺号を妙法寺に改称しています。 |
| 体験 |
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