高野山真言宗
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方大徳院のお参りの記録一覧
絞り込み

弘法大師巡礼勤行27寺目
高野山真言宗勤行
☀️晴
本日は仕事が早く終わったので、歩いて職場のある日本橋から隅田川を渡って両国へ。
高野山真言宗のお寺です。
徳川家ととても繋がりの強いこちらのお寺。
元々、高野山で弘法大師が開山したこのお寺を江戸時代、徳川家の意向でこの両国の地へ。
そこから高野山の別院の役割を果たして来たそうです。
高輪台にある高野山東京別院に役割を譲渡してからは、末寺として高野山真言宗の教えを脈々と伝えています。
弘法大師の「大」徳川家の「徳」で大徳院だそうです。
さて、こちらも都心ではスタンダードになったビルタイプのお寺です。
両国陵苑と都市型の納骨堂や墓地もやられているようです。
まず入り口に入り、奥へ行くと立派な弘法大師さまと大日如来さまが。
こちらには、ろうそく、お線香、おりんと一通り揃っており、ここが祈りの場だと思い、普通に勤行しました。
もちろん、このホトカミで過去の記事も読んだのですが、実はここは本堂では無かったと。
全て終わってから「御本堂は三階ですね」と。
いやぁ、早く言ってよーと。
顔から火が出るくらい恥ずかしかったです(笑)
だって、端から見たらロビーでお経読んでるんですよ(笑)
とりあえず、順番が逆になってしまいましたが、書置きの御府内八十八箇所の差し替え御朱印をいただき、案内された三階の御本堂へ。
エレベーターを降りると中はパッと見、セレモニーホールの中ですが、扉を明けると立派な御本堂が。
しっかりと御本尊の薬師如来が鎮座しておりました。
こちらには、ご焼香、火の入った香炉、おりんと、祈りの空間が。
はい。ちゃんともう一度勤行しました。
勤行が終わると、陵苑の社員さんでしょうか?女性の方が声を掛けてくれて母が亡くなってから、この巡礼をしている事を色々聞いていただき、心が軽くなりました。
普段、簡単に手を合わせるだけの方がほとんどらしく、自分みたいにしっかりお経読んでる方を見ないので、どんな事を思われながら読まれてるのかと、興味があったそうです。
「きっとお母様も見守ってくれてると思いますし、これから絶対に良い事ありますよ!」と。
なんか嬉しかったです。
次来た時はしっかりと一直線に御本堂来たいですね。
嬉し恥ずかし大德院でした。
御本尊 薬師如来
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか



東京都墨田区に位置する大徳院は、高野山真言宗に属し、1686年に江戸幕府から現在の地を拝領して創建されました。高野山金剛峰寺の直末一等格院として、江戸における弘法大師信仰の中心地となりました。寺名の「大徳院」は、弘法大師の「大」と徳川家の「徳」を合わせたもので、徳川家の位牌所や祈願所としての役割も果たしてきました。
●歴史的背景
大徳院の創設は貞享2年(1686)ですが、その前身は寛文6年(1666)に本所猿江に移転された際のもので、さらに貞享元年(1684)に現在地へと移りました。このとき、住僧の宥永上人が中興開山として知られています。本尊は寅薬師如来で、弘法大師が作ったと伝えられています。この薬師如来は、江戸八十八所弘法大師めぐりの一所に挙げられ、徳川家代々の将軍からも厚い信仰を寄せられていました。
●現在の大徳院
明治18年(1885)には高野山別院としての機能を高野山東京別院に返上し、一地方寺院として活動を続けています。大徳院は「御府内八十八ヶ所霊場」の50番札所としても知られています。また、境内には薬師堂や銅製地蔵尊、さまざまな供養塔があります。
もっと読む



最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ





















































