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わこういん たじまのちふどうそん|真言宗智山派傳燈山

和光院(田島の血不動尊)のお参りの記録一覧
茨城県 内原駅

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2026年04月16日(木)669投稿

茨城県 水戸市 田島町 に境内を構える、傳燈山 和光院 明楽寺、2024.に北関東不動尊霊場にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、寺院対応は 快く対応して下さり、また訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 傳燈山、院号は 和光院、寺号は 明楽寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 延命地蔵菩薩、北関東三十六不動尊霊場 第二十六番札所 紙本着色不動明王像、田島の身代わり血不動尊、暦九年(1759)建立の和光院・不動堂、傅燈山 和光院 明楽寺の創建は、南北朝時代中期の康安元年(1361)鹿島郡神生村にて開基された。本尊は弘法大師の作と伝えられる延命地蔵菩薩。
開基後、約140年経た宥怡上人の代、水戸城主、江戸但馬守通雅が枝川の地に七十五貫文の地を寄進し援助した。(1498) この宥怡上人が和光院中興開山の祖である。 大永二年(1522)中興二世宥胤のとき、堂塔を鹿島神生より水戸城郭内海老窪の辺へ移建し(船戸山ともいう)和光院は、江戸氏の菩提寺として大いに栄えた。
天正十八年十二月、中興六世宥勝のとき、江戸重通(十代)は太田の佐竹義宣と不仲となり交戦、 戦い利あらずして敗れ滅亡し、和光院も佐竹のために水戸を追われた。
当初、茨城町石崎に移り、更に現在地の田島に退去したが、時の住僧宥勝上人はその後五年を費し、文禄四年(1595)和光院を再建した。 境内に屹立する直径八尺に及ぼうかという椎の巨木は、これ以前に植えられたと推定される。延宝三年(1675)和光院門末帳によると、末寺四カ寺・門徒十四カ寺・末寺の門徒六カ寺で、都合二十四カ寺とあり、その規模は大きかった。 又、徳川時代の御朱印目録によれば、代々将軍家より高十五石を寺領として許されているとある。
和光院本堂 に安置される 不動明王画幅は、通称「血不動尊」と呼ばれる、
これは 和歌山県の 根来山 大伝法院に安置される 錐鑚不動の鮮血にて、興教大師が描いた(御真筆)赤いお不動様であることから名づけられたもの。 節分会等、大護摩修行の際は不動堂に移されている。
その不動堂には、別に木彫座像の不動明王も安置されているが、これも江戸氏の守本尊として 1590年まで水戸城内にあったもので、どちらも霊験はあらたかといえる

和光院(田島の血不動尊)の御朱印

北関東三十六不動尊霊場 第二十六番札所 紙本着色不動明王像、田島の身代わり血不動尊、御朱印

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惣一郎
惣一郎
2021年07月03日(土)1269投稿

和光院は、茨城県水戸市にある真言宗智山派の寺院。山号は傳燈山、寺号は明楽寺。本尊は延命地蔵菩薩。通称は「田島の身代り血不動尊」。北関東三十六不動尊霊場26番。

創建は南北朝時代中期の1361年に、鹿島郡神生村にて開基。1498年に宥怡上人が中興開山、水戸城主・江戸但馬守通雅から寺領の寄進を受け、のちに堂塔を水戸城郭内に移転、江戸氏の菩提寺として栄えた。戦国時代になり1590年に江戸氏は滅亡し、当寺も現在地に移転、1595年に宥勝上人により再建された。江戸時代の1675年には24カ寺を有する規模にまで発展し、江戸幕府から15石の朱印地を与えられた。

当寺は、JR常磐線・内原駅の北東4km弱のなだらかな丘陵地にある。クルマだと常磐道・水戸ICから北西に2kmちょっと。境内は広く、伽藍のある参拝エリアと墓地が完全に分かれている。樹齢数百年の椎の巨木はあるが、樹木は少なく、見通しが良い造り。境内伽藍は本堂と不動堂だが、見どころはユニークな形をした1595年建立の不動堂。一目見ると忘れないインパクトがある。

今回は、北関東三十三不動尊霊場として参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外にも参拝者や墓参者がちらほらいた。

和光院(田島の血不動尊)のその他建物

敷地南端の境内入口。山門や塀・壁がなく、開放的でワイルドな造り。

和光院(田島の血不動尊)の地蔵

参道左手の<六地蔵>。

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やさしいむらさき
やさしいむらさき
2020年04月20日(月)344投稿

傳燈山 和光院 明楽寺 
平成31年、北関東三十六不動めぐりで参拝しました。
水戸市の指定文化財にもなっている不動堂は江戸時代に上棟されたもので、歴史を感じながら静かに参拝させていただきました✨

和光院(田島の血不動尊)の御朱印

北関東三十六不動尊霊場
第二十六番
傳燈山 和光院 明楽寺
(田島の身代り不動尊)
御詠歌
傳法の 錐にえにしの 不動尊
ちかいを興すは 内原の里

和光院(田島の血不動尊)の授与品その他

御朱印といっしょにいただいた御影です。

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