さいしょういん|真言宗智山派|金剛山
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【青森県 弘前市】(さいしょういん)
◇弘前市内 寺社巡礼 その5◇
昨日の夕刻、閉門時間を過ぎ拝観できませんでした。
今朝は朝9時前に門の前に立ちます。
その間、国内最北の五重塔を眺めながら思いを募らせます。
「東北一の美塔」と言われるのも頷けます。
(でも、どこの寺社の塔も美しく甲乙はつけられません。)
全体的に「べんがら」の色彩は、他にない美しさです。
(津軽半島北部の今別町赤根沢地区は、「辨柄(べんがら)」の産地だそうです。)
相輪は約9.4mと江戸時代に建てられた五重塔の中では長く、全高の約3分の1を占めるそうです。
十二支の文字が彫り込まれた蟇股(かえるまた)や各柱に三手先(みてさき)など素晴らしいとしか形容がありません。
塔の正面は「連子窓」ですが、他の面は円窓に「盲連子」も面白いデザインです。
・・・等々・・・記載は尽きません。
(少々、興奮気味です。)
(落ち着きを取り戻して)
境内は、護摩堂や太子堂など見所も多くあります。
もちろん狛犬も力士像も見忘れてはなりません。
昨日の仁王門や多くの兎像も素敵です。
・・・等々・・・やはり記載は尽きません。
4・5歳くらいの小さなお子様がママさんとお散歩していました。
子供さんの目で五重塔をずっと眺めています。
大きくなっても、この瞬間を思い出すのでしょうか?
成長された時にも、母親と観た「あの時の塔の美しさ」を忘れられないなんて思うのでしょうか?
・・・名も知らず、二度と会うこともないであろう母子にドラマを感じました。
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【青森県 弘前市】(さいしょういん)
◇弘前市内 寺社巡礼 その1◇
秋田県能代市から国道7号線を走ります。
東北を代表する大きな国道ですので、残念ながら沿道での寺社巡りはできませんでした。
再び青森県に入ります。
津軽地方の中心である弘前市に到着しました。
宿泊するホテルには自分としては、意外に早い時間にチェック・インできました。
部屋から五重塔が見えます。
今回の1番の「目玉」である「最勝院」です。
明朝参拝に訪れようと考えていましたが、「塔マニア」の自分は我慢できません。
閉門時間は気になりますが、近い場所であったため歩きます。
残念閉門時間の17時を回ってしまいました。
(わかっていたのに、行ってしまう自分が悪いのです。)
でも、外からでも十分に拝見できます。
(全体像は見えませんが上部だけでも十分に美しい姿です。)
仁王様も狛兎さんも門外でありがたく拝見させていただきました。
明日朝、再度参拝を予定させていただきます。
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青森県弘前市銅屋町に在る、最勝院、仁王門と仁王像、東北一の美塔、国指定重要文化財、五重塔の景観素晴らしい寺院ですが四季の色合いで一層美しさが増します、仁王像その御尊像は2017年秋、阿形仁王像の左眼球落下により、修復への長い道のりが始まり、阿形・吽形共に目のみならず、全身崩壊の可能性が高いことが判明し、当初の眼球修理から躯(からだ)全体の解体修理をするという、重い判断がなされた、368年という大変古い歴史を示す大発見があり、運慶の流れを汲む仏師が造ったことも明らかとなる。これを受け、単なる修理ではなく、制作当初の姿に戻す、復旧・修復修理へと舵が切られることとなった。
『素晴らしい』と絶賛される力強い背中と、甦った『厳しくも優しい眼差し』の仁王像は、2023年春に本堂内での特別公開、元の仁王門に遷座となる。 そんな最勝院に以前行きましたのでどの様な寺院か引用を用いて調べてみました、宗派は真言宗智山派の寺。山号は金剛山、本尊は大日如来、1532年(天文1)春、弘信僧都(ひろのぶそうず)が陸奥(むつ)国(青森県)平賀郡堀越に3宇の伽藍(がらん)を造営したのに始まる。1612年(慶長17)弘前藩2代藩主津軽信枚(のぶひら)が弘前城下に弘前八幡宮(はちまんぐう)を創建したおり、当院はその別当寺となった。弘前藩の真言五山の筆頭として寺領300石を与えられた。明治維新のとき八幡宮と分離し大円寺跡(現在地)へ移転したと在ります、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、絶景、景色撮影、散策、青森県観光、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。

【陸奥國 古刹巡り】
最勝院(さいしょういん)は、青森県弘前市銅屋町にある真言宗智山派の寺院。山号は金剛山、寺号は光明寺。本尊は金剛界大日如来。五重塔は国指定の重要文化財。
寺伝によると、創建は室町時代の1532年、弘信僧都による開山と伝わる。大浦為信(津軽為信:弘前藩初代藩主)が日頃から帰依していた高野山の高僧・宥観を召還して祈願所として篤く庇護した。弘前藩2代藩主・津軽信牧が弘前城築城の際、城の北東の鬼門に当院を移し、以後歴代の弘前藩主津軽家の祈願所として庇護された。弘前八幡宮の別当職も務め、寺領300石が安堵されるとともに、領内の寺社総取締、真言宗五ヶ寺筆頭の格式を備え、塔頭寺院12ヶ寺を擁した。明治に入り、弘前八幡宮から分離し、現在地である旧大円寺境内に移された。
当院はJR奥羽本線・弘前駅の西方1.5kmの小高い場所にある。東側、南側、西側に小さな川が流れていて、西側には小川を隔てて県立弘前高校がある。また、境内の北部は八坂神社になっている。境内はすごく広いわけではないが、かつて弘前藩の寺社の総元締めであっただけあって、境内は整っており、主要伽藍の仁王門、本堂、五重塔には風格がある。
今回は、五重塔が国重文であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分以外にも家族連れなどの参拝者を何組か見掛けた。
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