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じょうしょうじ|日蓮宗寂光山

常照寺
京都府 北大路駅

御朱印について御朱印
あり

鷹峰檀林と称される学寮が開かれ、その文字が刻まれた御朱印がいただけます。

限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

参道右側にあり(シーズンは有料)

常照寺について

京北が納豆の発祥地と考えられる絵馬が複数枚発見されている。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年05月06日(火)3130投稿

京都市北区にあるお寺です。
桜や紅葉で有名なお寺で シーズンは大混雑なのですが 少し時期をずらすと落ち着いて参拝できます。
近くにある光悦寺と繋がりがある 日蓮宗のお寺です。
拝観をお願いすると まず本堂に案内され そこで10分ほどのお寺の紹介DVDを見ます。
登場するのが一人の女性 吉野太夫です。遊女でありながらこちらに山門を寄進しています。
そんなにお金を持っていた?結婚されていたんですね。
2代目吉野太夫は 文化や芸能に優れた絶世の美女でした。
1631年(江戸時代)に灰屋紹益(はいやしょうえき)という商人と26歳で結婚し 1643年に38歳という若さで亡くなりました。没後に灰屋紹益は茶室「遺芳庵」を寄進しています。
また 毎年4月に吉野太夫花供養が行われます。
吉野太夫を偲ぶ行事で 美しい衣装の太夫が鷹峰交差点から常照寺の本堂まで歩く 華やかな行事です。
本当に素敵な女性だったのでしょうね。
さてDVDはここまで。
境内には 茶室「遺芳庵」 常富大菩薩堂 (鎮守社) 鬼子母尊神堂 妙法龍神堂があります。
モミジの木が多くあり 紅葉の時期はとても見事だろうなぁと思いました。
外れに門があり ここをくぐって階段を少し下りると 白鳥池があり こちらには白鳥観音がいらっしゃいます。
紅葉の季節だと 写真を撮りながらゆっくり1時間ぐらいかけて巡りたい境内です。

ネット情報です。
山号は寂光山 宗旨は日蓮宗 ご本尊は三宝尊 創建年は元和2年(1616年) 開山は日乾 開基は本阿弥光瑳です。
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦は 元和元年(1615年)に徳川家康により付近一帯の土地を与えられた。
『本阿弥行状記』によれば 当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する物騒な地であったという。
翌 元和2年(1616年)に光悦とその養子・光瑳により「法華の鎮所」がこの地に建立された。
これが当寺の起源である。
元和5年(1619年)になり本格的にこの地に移り住んだ光悦は 一族や様々な工芸の職人とその家族ら100人以上を集住させて一大芸術村 いわゆる光悦村を作り上げた。
また自らの屋敷の近くに法華題目堂を建立している。
その法華題目堂は光悦の死後に光悦寺となっている。
寛永4年(1627年)に光瑳の招きによって日蓮宗の中興の祖日乾が「法華の鎮所」に入ると 日乾はこれを正式に寺院として整備して寂光山常照寺と名付け 学寮である檀林(鷹峰檀林)を開いた。
後の最盛期には大小30余りの堂宇が建ち並び 学僧200余人が学んでいたと記録が残る。
その頃には常照講寺とも呼ばれるようになっていた。

常照寺(京都府)

寺号の石柱 髭題目も

常照寺(京都府)

由緒書

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行事

4月第2日曜  吉野太夫花供養

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歴史

 当山は、元和二年(1616年)本阿弥光悦の土地寄進を受け、寛永四年(1627年)その子光瑳の発願により日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世寂照院日乾上人を招じて開創された山城六檀林の一偉観「鷹峰檀林」の旧跡である。
 吉野門と呼ばれる朱塗りの山門は、寛永三名妓天下随一の太夫と謳われた二代目吉野太夫(灰屋紹益の妻)が寄進したものである。

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常照寺の情報

住所京都府京都市北区鷹峰北鷹峰町45-1
行き方

北大路バスターミナルより「北1」系統「鷹峯源光庵前」下車徒歩1分
四条大宮より「6」系統「鷹峯源光庵前」下車徒歩1分

常照寺の基本情報

名称常照寺
読み方じょうしょうじ
参拝時間

8:30~17:00

御朱印あり

鷹峰檀林と称される学寮が開かれ、その文字が刻まれた御朱印がいただけます。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
電話番号075-492-6775

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://tsakae.justhpbs.jp/joshoji/toppage.html

詳細情報

ご本尊十界大曼荼羅.釈迦牟尼仏
山号寂光山
宗旨・宗派日蓮宗
創建時代1627年(寛永4年)
開山・開基寂照院日乾上人
ご由緒

 当山は、元和二年(1616年)本阿弥光悦の土地寄進を受け、寛永四年(1627年)その子光瑳の発願により日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世寂照院日乾上人を招じて開創された山城六檀林の一偉観「鷹峰檀林」の旧跡である。
 吉野門と呼ばれる朱塗りの山門は、寛永三名妓天下随一の太夫と謳われた二代目吉野太夫(灰屋紹益の妻)が寄進したものである。

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