えんめいじ|真言宗豊山派|近見山(ちかみざん)
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3回目の1泊2日四国八十八か所巡り 1日目の9寺院目です。
せっかく雨が上がったと思っていたら また降り出しました。それも強く。
納経所の方が言うには こちらの地方では雨は1か月ぶりだとか。なら仕方がないですね。
こちらの延命寺さん 何度も戦火にあい 再建されたり移転されたりしてきたそうです。
仁王門も含め いつ再建されたのか分かりませんが 境内の建物は古く感じました。
本堂の御本尊の不動明王は60年に1度開帳の秘仏でしたが 左脇には五大明王の大威徳夜叉明王と金剛夜叉明王 右脇には降三世夜叉明王と軍荼利夜叉明王が拝観できます。
写真でも分かると思いますが これがまた古いもので 拝観できて嬉しかったです。
石段を上がったところに大師堂があり そちらの内陣も美しかったです。
花の寺としても有名だそうですが 時期が良くなかったこともあり 素敵なお花に出会うことはありませんでした。
境外にも鐘楼があり こちらは大戦中の供出から免れたものだそうです。
緑青だと思いますが 緑色の梵鐘は 趣があって美しいです。
山号は近見山 院号は宝鐘院 宗旨宗派は真言宗豊山派 ご本尊は不動明王 創建年は(伝)養老4年(720年) 開基は(伝)行基です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
ご詠歌:くもりなき鏡の縁とながむれば 残さず影をうつすものかな
でした。
由緒については
寺伝によれば 聖武天皇の勅願を受けて 養老4年(720年)行基が不動明王を刻み現在地の北の近見山(標高243.5 m)の山頂に堂宇を建立して開基。
弘仁年間(810年 – 824年)には 空海が嵯峨天皇の勅命によって再興し 不動院圓明寺と名付けたという。
凝然国師供養塔(中央)左端は庄屋越智孫兵衛の墓 右端は真念の遍路石。
かつては谷々に百坊を有し信仰と学問の中心であった。
とありました。


【近見山(ちかみざん)宝鐘院(ほうしょういん)延命寺(えんめいじ)】
本尊:不動明王
宗派:真言宗豊山派
開基:行基菩薩
延命寺は、第45代 聖武天皇(在位724-749)の勅願で、行基菩薩が大日如来の化身とされる不動明王像を彫って本尊とし、伽藍を建立して開創したとされ、弘仁年間(810-824)になって、弘法大師(774-835)が第52代 嵯峨天皇(在位809-823)の勅命をうけ、伽藍を信仰と学問の中心道場として再興、「不動院・圓明寺」と名づけ、勅願所とした。この「圓明寺」の寺名は、明治維新まで続いたが、同じ寺名の第53番札所・圓明寺(松山市)との間違いが多く、江戸時代から俗称としてきた「延命寺」に改めている。再三火災に遭い堂宇を焼失しているが、再興をくり返し、1727(享保12)年に難を免れた本尊とともに現在地の近見山麓へ移転している。

【54_T.Hamada's view】
本堂

【54_近見二郎】
1704(宝永元)年に鋳造された梵鐘「近見二郎」。鐘の周囲には寺の歴史が刻みこまれている。初代の梵鐘は略奪されたとき自ら「いぬるいぬる」と泣くので恐れられた。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)


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