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うめみやじんじゃ

梅宮神社
群馬県 本中野駅

梅宮神社について

新田義貞とともに討ち死にした、中野藤内左衛門影春という地方小豪族の墓であったと伝わる神社。
地元では安産の神様とされているらしい。
町内の寄合レベルではあるが、地域信仰は篤いようで祭礼日多し。

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梅宮神社の基本情報

名称梅宮神社
読み方うめみやじんじゃ

詳細情報

ご祭神《主》梅宮神社
《配》神明宮・宝登山神社・富士嶽神社
創建時代不詳
創始者不詳
ご由緒

この神社の南に隣接する神光寺は、新田氏一族の中野氏が築いた中野城跡である。中野城は文永2年(1265年)中野景継によって築城された。
景継の子、中野藤内左衛門影春が延元3年(1338年)越前国の藤島の戦いにおいて、新田義貞とともに戦死したため、廃城となったと伝えられている。
戦国時代、小泉城主 富岡氏配下の宝田和泉守が、中野氏の故城を修築し本拠としたが、天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐に伴い廃城となった。
かつて、この神社付近は約600坪の小高い丘で、多数の塚や墓石が立つ「十三坊塚」と呼ばれており、頂上には藤内左衛門景春の名が刻まれた供養塔があったが、昭和28年以降に区画整理により埋められてしまったという。

神社の創建年代は不詳。
邑楽町のほとんど神社は、明治43年3月に中野字千原田の長良神社に合祀されており、その中に梅宮神社も含まれている。
合祀後も元宮が残されたのか、または何らかの理由で元の鎮座地に奉り還されたか。

祭神も不明。京都の梅宮大社(酒造の神)を勧請したものか、または菅原道真を祀った天満宮か。
地元では安産の神とされており、11月第三日曜日の例祭日には腹帯管理者も招待されるとのこと。
神明宮は大正八年(1919年)に当地に遷座、その他二社も富士講や宝登山講により近代に建立されたものと思われる。

ご利益
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