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西寺に直接関連あるかは分かりませんが、本日5月17日は西京区の松尾大社の還幸祭が行われる日で、現在の唐橋西寺公園にて7基の神輿が一旦集合し、出発前の祭典が斎行されました。

《公園入口》
朝8時から朱雀と七本木の御旅所から先んじて移動しており、12時の祭典まで担ぎ手の皆さんが休憩しています。
ちなみに余談ですがここより東側一帯は伏見稲荷大社の氏子地域で、お稲荷さんは還幸祭の途中で東寺前に止まって神饌の奉献と読経を受けます(東寺神供)。
松尾大社と西寺、稲荷大社と東寺、東寺と西寺もかつては立場が同等であったことも併せて、もしかしたら古くよりそれぞれ関連があるのかもしれません。

《公園内部》
公園到着段階で神輿は2基到着しており、その他の神輿は西側の道路で入御の順番待ち状態です。

鎌達稲荷神社お隣の公園。西寺児童公園とあったので単に地域の公園かと思いましたが中央に小高い丘と立派な樹が二本そびえており、もしかしてと丘に登ると礎石らしきものと石碑がありました。
桓武天皇の勅願で東寺とともに創建された平安京最初の官寺。もともとは東寺より格上の扱いだったため興隆しましたが嵯峨天皇の代に東寺は空海、西寺は守敏に下賜されたが、神泉苑での降雨祈祷対決で守敏が空海に敗れたため衰退がはじまったともいわれている。守敏可哀想すぎる・・・😔天福元年(1233)火災が相次ぎ灰燼と化して以後再建されず歴史の舞台から消えていった。東寺と仲が悪かったから?とか思ってしまいますが、醍醐寺開基の理源大師・聖宝が別当を務めたりしているのでホンマに全焼を機に再建を断念しただけかもしれません。まあ東寺と同規模の寺院だったらしいので相当費用もかかるし仕方ないですねぇ・・・
写真












史跡 西寺趾の情報
| 住所 | 京都府京都市南区唐橋西寺町 |
|---|---|
| 行き方 | 市バス 西寺前 徒歩3分 |
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史跡 西寺趾の基本情報
| 名称 | 史跡 西寺趾 |
|---|---|
| 読み方 | しせき さいじあと |
| 通称 | 西寺児童公園、右寺、右大寺 |
詳細情報
| 宗旨・宗派 | - |
|---|---|
| 創建時代 | 796年(延暦15年)頃 |
| 開山・開基 | 藤原伊勢人(桓武天皇勅願) |
| 文化財 | 国の史跡
|
| ご由緒 | 西寺は、平安京への遷都から間もない延暦15年(796)頃から、平安京の入り口にあたる羅城門の西側に、東側の東寺(教王護国寺)と対称に造営された官寺である。金堂、講堂(屋根には緑釉瓦が葺かれていた)を中心として南大門、中門、五重塔、僧房、食堂などの建物が建ち並び、国家の寺として隆盛を誇っていた。しかし、西寺は東寺と比べて早くから衰え、天福元年(1233)には塔も焼失し、以後は再興されることなく地中に埋もれてしまった。昭和34年以来、数多くの発掘調査が実施されて、建物跡やその屋根に葺かれた瓦、使われていた土器などが次々と発見されこの周辺の地下に平安時代の伽藍がそのまま眠っていることが明らかになった。
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