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護所神社について
護所神社内の人柱供養
17世紀後半の寛文年間のころ、岩淵の渡しから富士川を渡ってきた巡礼姿の老夫婦がいました。
夫婦が松岡の代官屋敷の前を通ると、役人に行く手をさえぎられてしまいました。
役人によると、富士川の氾濫を防ぐために堤防を築いているが、たびたび決壊して工事が進まないので、富士川を渡ってくる千人目の者を人柱に立てて河流を鎮めようと皆で決め、その日から千人目がこの老夫婦に当たったのだといいます。
これを聞いた夫婦は、東国巡礼を終えたら人柱になると約束し、3ヶ月後に戻ってきました。
夫は白木の棺に入れられ、堤が最も破れやすい箇所の地中に埋められました。
夫は、自分が生きている間は地中から鉦を鳴らし念仏を唱え、それらが絶えたときは死んでいるだろうと言い残していましたが、21日間地中から鉦の音が響いていたといいます。
以来、現在まで巡礼の魂はこの提をまもっており、里人はこの巡礼を神様と崇め、護所神社の祀っています。
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(20)護所神社_静岡県富士市松岡1580-2
守護神 は 人柱
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(1)護所神社_静岡県富士市松岡1580-2
右側に公会堂
左のいしだんを上がって護所神社があります。

護所神社の全景 (雁堤(かりがねづつみ)の南東角 )
江戸時代の初め、富士川治水のために築かれた雁堤は、
50年余りかかる難工事で、人柱伝説も生まれました。
護所神社には、人柱の供養塔と記念碑が建立されています。
境内・文化財
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「古郡孫太夫重政公父子の偉業雁堤の築造は、繰り返す富士川の洪水で、しばしば欠潰流失の惨害を蒙るため、衆人は人柱の説ををとり千人目の旅人を生きながら護岸の人柱とすることにきめた。
千人目に当った旅僧はこれを快諾し、従容として人柱と化した。
以来三百余年の今日まで遂に堤防の欠潰を見ず、住民はその徳を慕い「護所神社」としてその霊を祭っている。
護所神社の情報
| 住所 | 静岡県富士市松岡1580-2 |
|---|---|
| 行き方 | JR柚木駅より徒歩5分 |
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護所神社の基本情報
| 名称 | 護所神社 |
|---|---|
| 読み方 | ごしょじんじゃ |
| 絵馬 | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 守護神 人柱 |
|---|---|
| ご由緒 | 「古郡孫太夫重政公父子の偉業雁堤の築造は、繰り返す富士川の洪水で、しばしば欠潰流失の惨害を蒙るため、衆人は人柱の説ををとり千人目の旅人を生きながら護岸の人柱とすることにきめた。
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