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鵜戸神社は、大御神社の社殿から東に3分ほど進んだ米の山(久米の山)の海岸に鎮座しています。海に面した岩窟は、岩窟そのものが御霊域とされ、最奥に御社が祀られています。御祭神は、鵜葺草葺不合命う、彦火瓊々杵命、彦火々出見命、豊玉姫命、塩筒大神五柱。奉祀の創始はつまびらかではありませんが、古くより「鵜戸うどさま」と御神徳を慕われ、安産、航海安全、交通安全、厄難消除、事業繁栄の御霊験あらたかな大御神社の摂社として篤く崇敬を集めていました。
岩窟は、高さ20m、幅8m、奥行40m。上部の石の隅々が尖っていることから人の手により掘り進められたものと見られ、洞窟奥に鎮座する御社の前に立ち、入口を眺めると左右の岩の間が「天に昇る白龍」となっている様がご覧いただけます。
古来、米の山(久米の山)には龍神が祀られ、神社から西北の櫛の山は今でも龍の住む場所とされてきました。神座と名付けられた「さざれ石」の水窪に鎮た龍の卵を思わせる霊玉(龍玉 )、社殿の建つ柱状岩の一番南側の壁面に、シュメール文字で「ジャスラ(蛇神へびがみ)」と書かれていることなどから、神社として、祭祀場として、そして龍神信仰の地としての創始は、5000年前の古代に遡と考えられています。また、岩窟は龍宮であり、龍の体内とされ、地球の歳差運動により不明ですが、信仰対象となっていた星が白龍の目の位置に煌々と輝いていたと考えられています。
【日向國 古社巡り】
鵜戸神社(うど~)は、宮崎県日向市日知屋にある大御神社の境内摂社。祭神は鵜葺草葺不合命、産火瓊瓊杵命、産火々出見命、豊玉姫命、塩筒大神。通称「日向鵜戸神社」。
創建は不詳。社伝によると、瓊瓊杵尊が天照皇大御神を奉祀したのが始まり。米の山(久米の山)海岸の海に面した岩窟自体が御霊域とされ、最奥に御社が祀られており、古くから「鵜戸さま」と呼ばれ御神徳を慕われてきたとされる。
当社は、JR日豊本線・財光寺駅の東北東2kmあまりの海岸際、日知屋城跡近くの大御神社の境内南東部にある。樹木の少ない大御神社境内にあって、当社の参道は樹木に覆われ、固有の鳥居や参道がある。山際の参道を進むと、岩窟前で下り階段になる。岩窟は高さ20m、幅8m、奥行40mあり、上部の石の隅々が尖っていることから、天然のものではなく、人の手によって堀り進められたものであると考えられている。岩窟最奥の御社の前に立ち、振り返って入口方向を見ると、左右の岩の間が「天に昇る白龍」のように見えるのが人気。
今回は、旅行情報サイト「4travel」において、人気寺社仏閣ランキングの上位に入っていることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、大御神社の参拝者の一部、ざっくり1割ぐらいの老若男女がぱらぱらと訪れていた。
大御神社境内の東部にある鵜戸神社の入口全景。
大御神社の境内は草木がほぼないが、境内摂社の鵜戸神社の境内は草木が多い。
樹木の間を抜けて進むと<一の鳥居>がある。
一の鳥居を抜けると、右手に大御神社境内と海を見渡せる展望台がある。
展望台付近から見える<亀岩>。沖の小島が亀岩だと思ったが、実際は手前の突端部が亀岩だった。(^_^;)
参道をさらに進むと、<二の鳥居>と<社号標>。
崖伝いの細い参道を進んで行く。
やがて参道が浜辺の高さまで降りて行く。
岩窟の入口から見た岩窟全景。
振り返るとこんな眺め。
岩窟の奥に進んで行く。
振り返ってみるとこんな眺め。
岩窟の最奥部に赤い小さな社が見えてくる。
露出オーバーだとこんな感じ。
岩窟最奥部にある<社殿>。
社殿近くから岩窟入口を見ると、「天に昇る白龍」に見えると言われている。
もう少し、明るい部分が細く見える位置で写真を撮らないと、白龍には見えませんね...(^_^;)
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