かぶらはちまんじんじゃ
鏑八幡神社公式岩手県 土沢駅
参拝可能時間
24時間(通年)
対応できる時間
午前9時〜午後5時(不在の場合は対応不可)
御朱印受付時間
午前9時〜午後5時
不在の場合
書置き(24時間)
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楽しみ方かぶらはちまんじんじゃ
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岩手県 花巻市 東和町 土沢 に鎮座する、鏑八幡神社、様々な 御朱印があり ご刻印の在る神社。
当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、対応は 慣れていて親切な神社様でした、どの様な神社か引用を用いて調べてみました、主祭神は 祭神:誉田別神、田心姫神、息長帯姫神、軻遇突智神、湍津姫神、大己貴神、保食神、市杵島姫神、創建は康平年間(1052~1063年)頃と云われています。
伝承によると、俘囚の長である安倍氏と朝廷と間で起こった前九年合戦の折、朝廷側だった源義家がこの地へ布陣、義家は戦勝祈願の為、砂を敷き鐙矢を立て八幡菩薩の御霊とした所、見事安倍氏を平定する事が出来たので神意に感謝し社殿を建立したと伝えられてます。
古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て明治5年(1872)に村社に列しています。
現在の鏑八幡神社本殿は江戸時代中期の正徳元年(1711)に再建したもので一間社流造、当時の神社本殿建築の遺構として貴重な事から平成元年(1989)に花巻市(旧東和町)指定有形文化財に指定されています。
神輿は本殿と同じ正徳元年(1711)に盛岡出身の大工柴田清蔵によって制作されたもので平成17年(2005)に花巻市(旧東和町)指定有形文化財に指定されています。鏑矢は平安時代に制作され、源頼義、義家父子が奉納した12本の一部と伝えられるもので、平成6年(1994)に花巻市(旧東和町)指定有形文化財に指定されています。
刀剣は鎌倉時代から江戸時代中期に制作し鏑八幡神社に奉納されたもので、脇差2振、太刀1振、薙刀1振、槍1振が平成9年(1997)に花巻市(旧東和町)指定有形文化財に指定されています。
又、鏑八幡神社の例祭で奉納される土沢神楽舞は大償神楽直系の神楽とされ、歴史は道具の中に天保、弘化など江戸時代の年号が含まれている事からそれ以前から伝わっていると考えられています。土沢神楽舞(早池峰大償流土沢神楽)は古式を伝える貴重なものとして昭和56年(1981)に岩手県指定無形民俗文化財に指定されています
創建は康平年間(1052~1063)頃と言われ、鎮守府将軍源頼義・義家父子が安倍頼時・貞任・宗任等退治の勅命を受けて、奥州へ下向の折り、義家がこの地へ布陣しました。義家は戦勝祈願の為、青砂を敷き、白羽の鏑矢を立て八幡菩薩の御霊とし、従臣もこれに従い各々鏑矢を立て、その数は十二本、それに太刀一振・祈願書一巻を奉納し、従臣共々祈願されました。その後みごと安倍氏を平定する事が出来たので此の地に社殿を建立しました。
この鏑矢の由来を以て、村名を十二ヶ鏑矢村と称して来ました。ところが江戸時代・寛文7年、此の村名の由来を聞いた巡見使が「長すぎる」と言い、「十二ヶ村」と改めさせたために、以後は「十二ヶ村」と呼ぶことになったと伝えられています。
明治3年4月の「十二ヶ村戸籍」に始めて「鏑八幡神社」の名称が記載されており、同5年3月に村社に列しました。
現在の鏑八幡神社は正徳元年に再建したもので花輪市指定有形文化財となっています。又、土沢神楽舞は大償神楽直系の神楽とされ、歴史は道具の中に天保、弘化など江戸時代の年号が含まれている事からそれ以前から伝わっていると考えられています。土沢神楽舞は岩手県指定無形民俗文化財に指定されています。
| 住所 | 岩手県東和町土沢5区169 |
|---|---|
| 行き方 | 釜石線 土沢駅より徒歩 11分
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| 名称 | 鏑八幡神社 |
|---|---|
| 読み方 | かぶらはちまんじんじゃ |
| 通称 | まほろばの里八幡さん |
| 参拝時間 | 参拝可能時間
対応できる時間
御朱印受付時間
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| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり 2月限定御朱印を頒布致しております。
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| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり ◾️お書き入れ
◾️書き置きのみ
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| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0198-42-4333 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 譽田別神(応神天皇) 田心姫神 端津姫神 市杵島姫神 息長帯姫神(神功皇后) 大己貴神(大国主命) カグツチノカミ 保食神 |
|---|---|
| 文化財 | 本殿(花巻市指定有形文化財)
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| ご由緒 | 創建は康平年間(1052~1063)頃と言われ、鎮守府将軍源頼義・義家父子が安倍頼時・貞任・宗任等退治の勅命を受けて、奥州へ下向の折り、義家がこの地へ布陣しました。義家は戦勝祈願の為、青砂を敷き、白羽の鏑矢を立て八幡菩薩の御霊とし、従臣もこれに従い各々鏑矢を立て、その数は十二本、それに太刀一振・祈願書一巻を奉納し、従臣共々祈願されました。その後みごと安倍氏を平定する事が出来たので此の地に社殿を建立しました。
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