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ひらつかみしまじんじゃ

平塚三嶋神社
神奈川県 平塚駅

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ひなぎく
ひなぎく
2025年05月11日(日) 14時29分33秒
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平塚市夕陽ケ丘に鎮座する「湘南のえびす様」とも呼ばれる平塚三嶋神社は、古文書などから推察するに、平安時代にはすでに信仰があったといわれています。

須賀港からまっすぐに当社に向かってくると、北方遥かに関東の霊峰大山が直線上にそびえていて、いかにも大山の前社という感があります。江戸時代、房総や伊豆方面から海路で大山参詣にやってきた人達は、須賀の地に上陸し、まず当社に参拝して一路大山へ向かいました。

昭和初期までは今よりも社域が広く、鳥居前には池が二つありました。清らかな水の中に大きな緋鯉が放たれ、人々を楽しませたといいます。後に池は埋め立てられ、島の中にあった弁天社は一時荒廃しましたが、現在は綺麗に管理されています。

この日の数日前に、寒川神社の鎮座する高座郡を統治していたのは壬生氏で、壬生氏は伊豆の三嶋大社を最初に奉斎した一族でもあるとのお話を聞き、三嶋神社にもお参りできないかなぁと思っていたら、駅から近い当社を見つけ参拝させていただきました。
前日の風雨にも負けず、桜がかなり残っていてとても綺麗でした🌸

(参考文献)
・新平塚風土記稿

平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)

御社殿

平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
平塚三嶋神社(神奈川県)
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えびす様御神像

平塚三嶋神社(神奈川県)

疫神社

平塚三嶋神社(神奈川県)

伊邪那岐社

平塚三嶋神社(神奈川県)

石神社

平塚三嶋神社(神奈川県)
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手水舎

平塚三嶋神社(神奈川県)

水神社

平塚三嶋神社(神奈川県)
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社務所

平塚三嶋神社(神奈川県)
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忠魂碑

平塚三嶋神社(神奈川県)

ご神木

平塚三嶋神社(神奈川県)

道祖神社

平塚三嶋神社(神奈川県)
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弁天社

平塚三嶋神社(神奈川県)
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歴史

古代の人々が(1000年以上前)、この地に足を踏み入れ漁業を中心とする生活基盤ができた頃といわれておりますが、文献などもなく定かではありません。

古文書や江戸時代に編纂された「新編相模国風土記稿」などから平安時代(794年~)
当地は「須賀のから浜」と呼ばれ、「薬師三島明神の本地仏なり長一尺五寸弘法の作と伝」と記し、ご社殿に神さまと本地佛薬師を祀られてることが記されてます。
その頃から人々の信仰を集めていたと思われます。

時代と共に港町として発展し、戦国時代の永禄9年(1566年~)には、大名の小田原 北条氏から魚類や船運業の集散地として手厚い保護をうけ、江戸時代(1600年~)には幕府公認の港として、相模国(神奈川県)の穀物と資材等を江戸や千葉の房総半島へ運搬する海運業の要所として栄えました。

当神社も港町の総鎮守(そうちんじゅ)として、住民や魚商業、回船業の方々から厚い崇敬の念を集めました。
江戸時代半ば(1670年~)には「須賀千軒(すかせんげん)」といわれるほど商店や民家が増え、相模国の海運・海路の玄関口として大いに発展しました。

特に大山など山岳信仰が盛んになると、江戸や伊豆、房総半島から大勢の旅人が船で須賀港に寄港し、当神社に参拝し、道中の安全と心身の守護を祈願する慣わしがありました。

現在も、港町の総鎮守として「明神さま」「湘南のえびす様」の御名で親しまれ、お店や会社の「商売繁昌」、家庭の「家内安全」など家庭円満や目標達成をもたらす神社として多くの方々から厚く信仰されてます。

また、近年では「湘南ひらつか七福神」の一社、「開運のお宮」として広く遠方の方々がご参拝になられてます。

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平塚三嶋神社の基本情報

住所

神奈川県平塚市夕陽ヶ丘60-27

行き方

JR平塚駅 南口から 『 須 賀 港 』方面へ徒歩8分

アクセスを詳しく見る
名称

平塚三嶋神社

読み方

ひらつかみしまじんじゃ

通称

湘南のえびすさま

参拝時間

社務所:9:00~17:00

御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号0463-22-3510
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.scn-net.ne.jp/~misima-j/index.html
おみくじ

あり

お守り

あり

絵馬

あり

詳細情報

ご祭神大山祇命,事代主大神
ご由緒

古代の人々が(1000年以上前)、この地に足を踏み入れ漁業を中心とする生活基盤ができた頃といわれておりますが、文献などもなく定かではありません。

古文書や江戸時代に編纂された「新編相模国風土記稿」などから平安時代(794年~)
当地は「須賀のから浜」と呼ばれ、「薬師三島明神の本地仏なり長一尺五寸弘法の作と伝」と記し、ご社殿に神さまと本地佛薬師を祀られてることが記されてます。
その頃から人々の信仰を集めていたと思われます。

時代と共に港町として発展し、戦国時代の永禄9年(1566年~)には、大名の小田原 北条氏から魚類や船運業の集散地として手厚い保護をうけ、江戸時代(1600年~)には幕府公認の港として、相模国(神奈川県)の穀物と資材等を江戸や千葉の房総半島へ運搬する海運業の要所として栄えました。

当神社も港町の総鎮守(そうちんじゅ)として、住民や魚商業、回船業の方々から厚い崇敬の念を集めました。
江戸時代半ば(1670年~)には「須賀千軒(すかせんげん)」といわれるほど商店や民家が増え、相模国の海運・海路の玄関口として大いに発展しました。

特に大山など山岳信仰が盛んになると、江戸や伊豆、房総半島から大勢の旅人が船で須賀港に寄港し、当神社に参拝し、道中の安全と心身の守護を祈願する慣わしがありました。

現在も、港町の総鎮守として「明神さま」「湘南のえびす様」の御名で親しまれ、お店や会社の「商売繁昌」、家庭の「家内安全」など家庭円満や目標達成をもたらす神社として多くの方々から厚く信仰されてます。

また、近年では「湘南ひらつか七福神」の一社、「開運のお宮」として広く遠方の方々がご参拝になられてます。

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