なかやまでらおくのいん|真言宗中山寺派大本山中山寺奥之院|紫雲山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方中山寺奥之院のお参りの記録一覧
絞り込み

摂津國八十八ヶ所巡礼第71番。中山寺がバリーフリー化してる反動だろうか、摂津霊場初の難所に遭遇。麓で約2㎞とあったので40分ぐらいでつけるかなぁと思いながらもペットボトル携えていざ登丁。序盤は軽快でしたがいかんせんこの暑さが体力蝕んでいきます🥵給水しながらもさすがにきつく2度ほど途中休憩。上醍醐でも休憩はとらなかったのでやはり暑さというのは体力にきますね・・・🥵十六丁ぐらいから先のハイカー集団に追いついたようで急に渋滞に。せっかくなので不動明王の瀧でしっかり冷やさせてもらい境内に到着しました😌本堂行く前に鳥居があったのでお詣り。本尊の忍熊皇子と争った応神天皇を近くに祀っているのは何かあるのでしょうか・・・?大悲水で手を浄めてから本堂お詣り。御朱印を拝受したら「清荒神行かれるならあちらの道からです」とのことだったのでそちらから向かいました。オハツキイチョウというその名の通り葉の上に実をつける貴重な銀杏があるとのことなので次来るなら銀杏のころかな🤗
もっと読む

中山寺奥之院 摂津八十八霊場。
登山装備で臨むべし。かなりキツイ。
50分程度の行程らしいですが、
登り、3時間(1時間弱の昼寝休憩)、下り1時間半かかりました。

中山寺奥之院 摂津八十八霊場。
登山装備で臨むべし。かなりキツイ。

中山寺奥之院 摂津八十八霊場。
登山装備で臨むべし。かなりキツイ。
登り、3時間(1時間弱の昼寝休憩)、下り1時間半かかりました。




摂津國八十八ヶ所第71番札所の中山寺奥の院へ、やっと登る気になりました。😅多分、GWでの岐阜城の岩道登山道でちょっと自信が。😆ちょっと曇り☁️で丁度良い感じ❗️
慶長8年(1603)豊臣秀頼が中山寺を再興するまでは、この奥の院が当時の大伽藍だったそうです。応神天皇の御代、巷に疫病が流行り、こちらに天皇は使いをつかわされ、天神地祇をまつり、悲運の皇兄の忍熊皇子の鎮魂供養をされたところ、たちまちおさまったそうで、これが、御朱印にも書かれてある「日本最初の厄神明王」の草創とされるとか。😯
18丁の道のりでしたが、何故か西国巡礼の施福寺の観音8丁の道のりの方が険しく感じられた気がします。気のせい?🤔
もっと読む




#中山寺 #奥之院
ご本尊という表現は見ないが、厄神明王を祀る。
#厄神明王
隣の兵庫県西宮市に建つ東光寺の厄神明王は、不動明王と愛染明王の合体した仏様。だがここ中山寺のHPには、それへの言及が一切ない。オシクマの皇子という、神道の神様の話だけだ。
#忍熊皇子
HPによれば、中山寺の本堂は当初、現在の奥之院が建つ位置にあった。一説には、第14代・仲哀天皇の先后オオナカヒメの命と、彼らの御子カゴサカの皇子とオシクマの皇子を供養するために創建されたと。
古事記や日本書紀によれば、仲哀天皇の皇后はオキナガタラシヒメの命。彼女との間の御子であるホンダワケの尊が、次の応神天皇となった。オシクマの皇子らはホンダワケの尊を亡き者にしようとしたが、カゴサカの皇子は神罰を被ってこう去し、オシクマの皇子はオキナガタラシヒメの命との戦いに敗れ入水した。神社だと、劔神社(福井県丹生郡越前町)が彼を祀る。
HPによれば、その応神天皇の時代に流行り病があり、オシクマの皇子の祟りと考えられた。天皇はこれを鎮めるために異母兄の墓へ使いを向かわせた。するとそこから白鳥が舞い上がり、奥之院の場所へ飛び去った。そこに湧き出る水の力で、疫病は止んだ。それでオシクマの皇子を厄除神としてここに祀ったと。
授与所で、厄神明王は八幡さんのお兄さんですかと尋ねたところ、その通りだとのこと。
もっと読む兵庫県のおすすめ2選🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



































