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梅園身代り天満宮について
この天満宮は、元禄13年(1700)創建の丸山町の氏神様で、昔から“身代り天神”と呼ばれ親しまれてきた。“身代り”と呼ばれるのは、創建者の安田次右衛門が、ある夜何者かに襲われ左脇腹を槍で刺され倒れたがどこにも傷がなく、その代わりに自邸の祠の天神像が左脇腹から血を流していたことによるのだという。また、丸山の遊女達も身代を“みだい”と呼び、自分の生活に苦労がないことを願って参拝した。なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』の主人公である丸山芸者・愛八もよく参拝していたゆかりの神社だ。
『長崎ぶらぶら節』舞台となったことを記念して、ゆかりの地である梅園身代り天満宮の入り口付近に、なかにし礼氏の書を刻んだ記念碑が建立されている。
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長崎市内神社巡り、本日三社目は《梅園身代わり天満宮》。
飲み屋街「思案橋」から近く、遊郭として栄えた色街にある神社さんです。
細い石畳と階段の先にご鎮座。
《元禄十三年(一七〇〇)丸山町乙名安田治右衛門によって創建され、以降丸山町の氏神様として親しまれています。
元禄六年(一六九三 )安田治右衛門が二重門(現丸山交番附近)にて梅野五郎左衛門に襲われました。そして、自に担ぎ込まれたが不思議なことにどこにも傷が無く、身代りに庭の天神様が血を流して倒れていたそうです。その後。この天神様を身代り天神と呼ぶようになりました。》
遊郭にあり、遊女らが《身代(みがわり)》として厚く信仰した、という案内もありました。
御朱印は近くの料亭《青柳》さんにて、とありましたが、日曜の15:00頃電話は繋がらず門も閉まっていていただけず。また伺います。
もっと読む梅園身代り天満宮の情報
| 住所 | 長崎県長崎市丸山町2−20 |
|---|---|
| 行き方 | 思案橋、または正覚寺下電停から徒歩約8分。思案橋バス停から徒歩8分。
|
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梅園身代り天満宮の基本情報
| 名称 | 梅園身代り天満宮 |
|---|---|
| 読み方 | うめぞのみがわりてんまんぐう |
| 電話番号 | 095-823-2281 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.at-nagasaki.jp/spot/61018/ |
詳細情報
| ご由緒 | この天満宮は、元禄13年(1700)創建の丸山町の氏神様で、昔から“身代り天神”と呼ばれ親しまれてきた。“身代り”と呼ばれるのは、創建者の安田次右衛門が、ある夜何者かに襲われ左脇腹を槍で刺され倒れたがどこにも傷がなく、その代わりに自邸の祠の天神像が左脇腹から血を流していたことによるのだという。また、丸山の遊女達も身代を“みだい”と呼び、自分の生活に苦労がないことを願って参拝した。なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』の主人公である丸山芸者・愛八もよく参拝していたゆかりの神社だ。 『長崎ぶらぶら節』舞台となったことを記念して、ゆかりの地である梅園身代り天満宮の入り口付近に、なかにし礼氏の書を刻んだ記念碑が建立されている。 |
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