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ゆどのさんじんじゃ

湯殿山神社(出羽三山神社)のお参りの記録一覧
山形県 高屋駅

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惣一郎
惣一郎
2021年11月01日(月)1269投稿

湯殿山神社(ゆどのさん~)は、山形県鶴岡市田麦俣にある神社。旧国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は大山祇神、大己貴命、少彦名命。

創建は推古天皇の御代の593年、第32代崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が奈良の都から当地に至り、霊鵜の導きにより羽黒山を開山し、次いで月山と湯殿山を開山した(三山を合わせ出羽三山という)。出羽三山信仰は、自然崇拝、山岳信仰の古神道に発し、平安時代以降は仏教の影響を受け神仏習合した結果、敬神崇祖を根本として、基本は神道をもって奉仕するが、祭は道教、陰陽道、密教を中心とする修験道をもって奉仕する独特な形で発展した。この時期、修験道の祖・役ノ行者、真言宗開祖・空海、天台宗開祖・最澄も来山し修行をしたと伝わる。鎌倉時代には羽黒山は「八宗兼学の山」と称され、全国各地から修行僧が入山し、各州を実践修得したという。その後、出羽国周辺では出羽三山は「親子相伝のお山」とされ、成人儀礼として男子が15歳になると「初山駆け」をしなければならない風習が定着、関東方面でも出羽三山登拝を「奥参り」と称して人生儀礼とするとして位置づけられるようになった。江戸時代になると民間信仰が隆盛し、「西の伊勢参り、東の奥参り」と言われ、伊勢神宮参拝と並んで出羽三山参拝、講の結成が江戸を中心に人々の間で広まった。俳聖として有名な松尾芭蕉も1689年に出羽三山を訪れ、湯殿山神社では「語られぬ 湯殿にぬらす 袂(たもと)かな」という俳句を詠んでいる。

神仏習合の時代、羽黒山は観音菩薩(現在)、月山は阿弥陀如来(過去)、当時三山に含まれていた葉山・薬師岳は薬師如来(未来)、湯殿山は三山とは別格(出羽三山の奥の院)の大日如来とされ、観音菩薩・阿弥陀如来・薬師如来の導きにより現在・過去・未来の三関を乗り越え、大日如来の境地に至って即身成仏を達成するという「三関三渡」の修行が行われた。
明治時代になると、神仏分離令により寺院は廃止され、出羽三山は出羽神社、月山神社、湯殿山神社となったが、月山と湯殿山が冬期豪雪のため出羽神社の社殿で合祭する形になり、出羽三山神社となった。

当社は、JR羽越本線・鶴岡駅の南東25kmの月山山頂の西方3kmの湯殿山(標高1504m)の山頂付近にある。月山道路(国道112号線)から逸れて湯殿山を目指すと途中から有料道路になり、進むと湯殿山神社大鳥居や湯殿山参籠所がある湯殿山レストハウス前駐車場に到着する。ここからは自家用車禁止で、バスか徒歩で2km登ると湯殿山神社入口に辿り着く。ここからが写真撮影禁止の神域に入り、徒歩で数分参道をアップダウンすると祓所で、ここで靴を脱ぎ御祓いを受け、裸足で御神体の岩場に至る。(当社では、「語るなかれ、聞くなかれ」と言われるので、ご紹介はこの辺りまで。)

今回は、出羽三山の1つとして、まだ冬季閉鎖期間に入っていなかったため参拝することに。参拝時は荒天の平日の午後であったが、参拝者は想像以上に多くいた(レストハウスから30分に1本のバスに10人以上乗るぐらい、別途徒歩の人がいた)。

湯殿山神社(出羽三山神社)の鳥居

有料道路を経て、湯殿山レストハウス前駐車場に到着。有名な<大鳥居>が目に入る。

湯殿山神社(出羽三山神社)の鳥居

湯殿山神社の神域では写真撮影禁止のため、この大鳥居が当社の紹介によく出てくる。

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