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ひがしむきかんのんじ|真言宗泉涌寺派朝日山

東向観音寺
京都府 北野白梅町駅

御朱印について御朱印
あり

洛陽三十三所観音霊場の31番。その印と、火炎宝珠に梵字が御朱印に。

限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

なし
北野天満宮の駐車場が近くにあります。

巡礼

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洛陽三十三所観音霊場第31番札所

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年01月13日(火)3121投稿

京都市上京区 北野天満宮の参道から少し外れた場所にあるお寺です。
こちらにお参りするのは2回目です。
天満宮の参道からほんの20mぐらいしか外れていないのに 参拝者はいらっしゃいませんでした。
かつては北野天満宮の神宮寺で 洛陽三十三所観音霊場第31番札所なのに。
みなさんこちらにもお参りしてくださーい。
山門には標がいくつか掛けられていて 案内の看板もあります。
御本尊を記す石柱には 「天満宮御本地佛 十一面観世音菩薩」とあります。
立派なお寺さんですよー!
とりあえず一人でお参りしました。
本堂で合掌 岩雲辨財天社でご挨拶 行基堂で合掌 白衣観世音堂でご挨拶。
最後に寺務所で御朱印をいただきました。

ネット情報です。
山号は朝日山 宗旨宗派は古義真言宗泉涌寺派 寺格は準別格本山 ご本尊は十一面観音(秘仏) 創建年は伝・延暦25年(806年) 開山は伝・賢璟法師 開基は伝・桓武天皇 伝・藤原小黒麻呂 中興年は応長元年(1311年) 中興は無人如導 札所は洛陽三十三所観音霊場第31番です。
当寺は 延暦25年(806年)に桓武天皇の勅命を受け大納言藤原小黒麻呂及び賢璟法師によって創建されたという。
当初は朝日寺という名称であった。
天暦元年(947年)に菅公(菅原道真/天満大自在天神)廟をこの地に移し 当寺の僧・最鎮らが北野天満宮を建立して当寺を北野天満宮の神宮寺とし 応和元年(961年)に筑前国の観世音寺より菅公自作とされる十一面観音を招来し 新たな本尊とした。
応長元年(1311年)に無人如導宗師が筑前国の観世音寺に擬して当寺の名称を観世音寺または観音寺と改めて中興すると 天満宮御本地仏・北野神宮寺または 奥之院とも呼ばれるようになった。
また 花園天皇・後醍醐天皇・光厳天皇・光明天皇らの信仰が厚かったという。
境内は次第に整備され 当寺の本堂である東を向いている東向観音堂の他にも 西を向いている西向観音堂(本尊は一夜松の観世音菩薩であったという)もあった。
しかし 応仁の乱や数度の火災の後 西向観音堂は廃絶してしまった。
北野天満宮の復興とあわせて慶長12年(1607年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として当寺の本堂を再建している。
白衣観音堂はその外観自体の撮影が諸事情により禁止されている。

東向観音寺(京都府)

山門は開いています

東向観音寺(京都府)

御本尊の十一面観世音菩薩 の石柱

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歴史

寺伝によると延暦25年(806)に桓武天皇の勅を奉じて藤原小黒麿らが皇城鎮護のために建立され、当初は朝日寺と呼ばれていた。
天暦元年(947)に朝日寺の僧、最鎮らが天満宮を建立した後の応和元年(961)、筑紫の観世音寺より菅原道真公御作の十一面観世音菩薩を請来し安置された。
応長元年(1311)、無人如導宗師が中興し、花園・後醍醐・光厳・光明の四天皇信仰深く筑紫の観世音寺に擬して観世音寺または観音寺と改称し、天満宮御本地仏・北野神宮寺または、奥之院とも称した。
本堂が東を向くことから東向観音と称されるようになる。
元は、東向・西向(一夜松の観世音菩薩安置と伝える)の両堂あったが、応仁の乱や火災等で焼失し、西向きは再興されず東向観音堂のみ再建された。
江戸時代に入ると一條家の祈願所となり、一條家出身で明治天皇の皇后になられた昭憲皇太后は、ご結婚なされる前に当寺で勉学に励まれたと言われている。
江戸時代の後期頃より寺名は、観音寺となった。
現在は、真言宗泉涌寺派、準別格本山となっている

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東向観音寺の情報

住所京都府京都市上京区今小路御前西入上観音寺門前863
行き方

市バス「北野天満宮前」停下車
徒歩約2分
嵐電(京福電鉄)北野線 北野白梅町駅(徒歩約7分)

東向観音寺の基本情報

名称東向観音寺
読み方ひがしむきかんのんじ
参拝時間

9:00〜16:00

参拝料

なし

御朱印あり

洛陽三十三所観音霊場の31番。その印と、火炎宝珠に梵字が御朱印に。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号075-461-1527

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.higasimukikannon.sakura.ne.jp/

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊十一面観世音菩薩
山号朝日山
宗旨・宗派真言宗泉涌寺派
創建時代延暦二十五年(806)
開山・開基藤原小黒麿
本堂三間梁間三間一重入母屋造本瓦葺
ご由緒

寺伝によると延暦25年(806)に桓武天皇の勅を奉じて藤原小黒麿らが皇城鎮護のために建立され、当初は朝日寺と呼ばれていた。
天暦元年(947)に朝日寺の僧、最鎮らが天満宮を建立した後の応和元年(961)、筑紫の観世音寺より菅原道真公御作の十一面観世音菩薩を請来し安置された。
応長元年(1311)、無人如導宗師が中興し、花園・後醍醐・光厳・光明の四天皇信仰深く筑紫の観世音寺に擬して観世音寺または観音寺と改称し、天満宮御本地仏・北野神宮寺または、奥之院とも称した。
本堂が東を向くことから東向観音と称されるようになる。
元は、東向・西向(一夜松の観世音菩薩安置と伝える)の両堂あったが、応仁の乱や火災等で焼失し、西向きは再興されず東向観音堂のみ再建された。
江戸時代に入ると一條家の祈願所となり、一條家出身で明治天皇の皇后になられた昭憲皇太后は、ご結婚なされる前に当寺で勉学に励まれたと言われている。
江戸時代の後期頃より寺名は、観音寺となった。
現在は、真言宗泉涌寺派、準別格本山となっている

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