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楽しみ方常陸二ノ宮 静神社のお参りの記録一覧
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明日の香取神宮で行われる小江戸マラソン参加のために遠征🚗💨
もちろんマラソンに参加するだけじゃなく、これを機に常陸・下総のいろんな神社の御朱印を巡りつつ、2度目の東国三社詣り&茨城十二社巡り達成を予定⛩️
まずは常陸国二ノ宮であるこちらの静神社を参拝🙏
明け方の4時に自宅を出発して9時ごろに到着するつもりでのんびり下道ドライブのつもりが、思いのほか道がスムーズで7時過ぎに常陸入りしてしましました笑
とりあえず社務所が開くまで境内を散策しようと気軽に考えてましたが、気温は-1℃🥶
皮膚が寒いを通り越して痛い‼️笑
一通り境内を見た後は一旦車に退避しました笑
9時少し前に再度お邪魔して無事に御朱印を受領😄
御朱印は浄書対応の通年のものと書き置きの月替わりの2種類ありました。







一の鳥居から長い階段を登ると山頂に社殿があります。社務所では巫女さんから直書きとパンフレットを頂戴しました。
本殿の屋根を見ると、私の知る情報では女神を意味しているようです。日本書紀では戦っているので男神をイメージしてしまいますが、建葉槌命は織物の始祖でもあるので、女神なのかもしれません。神話ですから、決めつけなくていいのでしょうけど。
神門をくぐり、拝殿前には大きな社務所と回廊、拝殿から離れた大きな本殿、火事で焼失した大木の切り株が複数、大きな鳥居と手水舎など、この周辺では神社の格が違いますね。
あっつい昼前でしたので、私の他には2組だけでした。山頂にも駐車場あります。摂社は次回の楽しみに残してきました。




静神社(しず~)は、茨城県那珂市にある神社。式内社(名神大)で、常陸国二之宮。旧社格は県社。主祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと;別名「倭文神(しどりのかみ)」)、相殿神は手力雄命(たぢからを)、高皇産霊命(たかみむすび)、思兼命(おもいかね)。
創建は不詳。『新編常陸国誌』では、平安時代初期の806年創建との社伝を載せる。『常陸国風土記』久慈郡の条に「静織(しどり)の里」とあり、上古に綾を織る機を知る人々が存在したことを示し、『和名類聚抄』には常陸国久慈郡に「倭文郷(しどりごう)」の記載があり、これらが地名、社名の由来となったと推測されている。
国史では、平安時代前期の885年に『日本三代実録』に「静神」の神階昇叙の記載がある。また927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「常陸国 久慈郡 静神社 名神大」に比定されている。
また、常陸国一之宮の鹿島神宮、三之宮の吉田神社とともに、二宮として崇敬を受けた。江戸時代には幕府2代将軍・徳川秀忠から神領150石の寄進を受け、その後水戸徳川家の祈願所となり、1667年に水戸藩2代藩主・徳川光圀が社殿を修造、9代藩主・徳川斉昭が火災で焼失した社殿を再建した。明治に入り、近代社格制度において県社に列格した。
当社は、JR水郡線・静駅の西南西1.5kmの小丘の上にある。境内南東端にある巨大な鳥居をくぐって境内に入ると、長い参道を少しずつ登りながら進み、神門をくぐると社殿周りの広い神域がひろがる。往古から一貫して大社であったことが伺える。
今回は、常陸国の式内社、二之宮ということで参拝することに。参拝時は週末の昼ごろで、真夏の炎天下であったためか、参拝者は自分たち以外に数人いた程度だった。

境内入口の巨大な<一の鳥居(大鳥居)>と<社号標>。県道・日立笠間線脇にあって、南東向きに立っている。
鳥居の目の前には大きなため池<静留池>がある。

鳥居とサイズ感を合わせたような、巨大な<手水舎>。屋根の造りもしっかりしている。
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